3.8 情報倫理
3.8.1 ねらいと概要
現代社会において個人は生身のままで社会にさらされる機会が増えている。これからの情報社会においては個人情報の漏洩や匿名性を悪用した犯罪など、意識して自分の権利を守る意識を持たないといけない場面が多くなる。ここでは情報社会を生きる消費者に対する消費者教育としての情報倫理について学習させる。
3.8.2 情報社会の人権
最近の電話は所定の手続きと追加料金を支払うことで、発信人の電話番号を、受話器を取る前に表示して誰からかかってきたかわかるようになっていたり、番号を隠してかけてきた通話の受信を拒否するなどの機能が付いている。現在では基本的に相手に番号が通知されること、簡単な操作で番号を非通知にすることができることなど生徒はすでに知っていた。そこで、こうした機能がなぜ導入されるようになったのか、またこの機能の導入に反対する声が一部にあったのはなぜかを考えさせた。
まずこのシステムの導入のきっかけはいたずら電話の防止であることは容易に理解できた。生徒の中にもいたずら電話で困った経験があるものがおり、エスカレートすると単なるいたずらにとどまらず、大きな犯罪につながりかねない事例を紹介した。実際このシステムの導入でいたずら電話が減っている報告がWebにあったので生徒にも見せた。
一方でこのシステムの導入に反対する声があったことについてどう思うかを議論させた。生徒は、そうした声はいたずら電話を助長するだけだという意見が大半であった。そこで、番号を知らせずに電話したいときとは、いたずら電話をすること以外にどのような状況があるかを考えさせた。生徒は実際にそうした状況に置かれた経験がなく、なかなか意見は出なかったが、グループで話し合う中で「悩み事の相談などは匿名でしたいものだ。」という意見が出てきた。またコンビニの見学で体験したことから類推して、「電話番号が蓄積されて他に利用されるのは本意ではない。特にそれが悪用されることを予想したら親しい人以外には番号非通知で電話したい。」という意見も出された。
いたずら電話の防止という観点から導入されたこのシステムが、情報社会において電話番号という個人情報の垂れ流しの状態を支えているシステムであることに気づかせ、問題意識を喚起できた。
3.8.3 法とモラル
懸賞論文募集のポスターやレンタルCDなどの身近な例を用いて現代社会における個人の持つ正当な権利について学習した。
学校の図書館には夏休み前になると読書感想文の募集のポスターが多数掲示される。どのポスターにも「著作権は当団体に帰属する。」といった趣旨の表現があるがこの意味を正しく理解している生徒は皆無であった。また音楽CDのパッケージには「このディスクは権利者の許諾なく賃貸業に使用することを禁じます。また無断でテープその他に録音することは法律で禁じられています。」という記述があるが、生徒はその記述の存在は知っていても、テープに録音することは何の抵抗もなくやっている行為である。そこで著作権について、専門的な用語抜きに「作者が知らないうちに作品が一人歩きすることの問題点」という視点で捉えた。
まず、学校では時々見られることであるが、例えば「修学旅行の後に書いた感想文が無断で学年通信に掲載されたとしたら著作権を侵されたことになる。」という事例をあげた。この事例で自分の著作物に付随する権利意識を持たせた。すなわち、複製や出版、販売などについては著作者の了解なしにはできないことを意識させた。また、作品をどこかに登録して初めて著作権が発生するのではなく、作品の完成と同時に発生する権利であることや、使用に当たっての作者の承諾の有無が問われるだけであって、金銭のやり取りは本質ではなく作者が了解する条件の一つに過ぎないことなど、大まかな説明をした。生徒からはそうした著作者としての権利意識と他者の義務を自覚させた上で次の教材であるCDを取り上げた。
本来数千円するCDがわずか数百円で借りることができ、さらに容易に複製が作れることは高校生にとって常識で、ほとんどの生徒がそうした行為を疑問を持たずに行っている。これを作者の立場で考えたらどうかという問題を提起した。消費者が購入すれば入ったであろう報酬が、安価にレンタルされたことで著作者に届かないことに対する後ろめたさを尋ねた。前述した感想文の著作者としての意識付けによりかなりの生徒が正しい行為ではないという判断はできたが、これからもやめられないだろうという正直な意見も出された。正当な報酬があってこそ著作者の次の作品への製作意欲をかきたてるという考えも披露された。
デジタルな情報の複製という問題にまで高めたかったが、言葉が専門性を帯び、生徒に身近なものでなくなる懸念があったので深入りしなかったが、著作権を犯した違法コピーに無頓着とされる日本の風潮に歯止めをかけるような意識付けを目指した。
3.8.4 インターネットの中の人権
NHKの番組を視聴して、インターネット時代の人権について考えさせた。番組の中で、インターネットを通じて人権を犯された事例や各国の対応が紹介されたが、まだ使いこなすほど慣れていない生徒たちにとってはインターネットのマイナスのイメージだけが強調されたようで、やや問題を残した授業となった。
番組の中で、有害な情報の発信についてアメリカとドイツで全く異なる判断がされた。アメリカでは表現の自由を理由に規制が見送られ、ドイツでは規制のための法案が通過した。しかし、インターネットという国境のない情報通信のシステムに対して国ごとに異なる対応が意味のないことであることは生徒にも理解できた。実際、日本では違法とされる少年犯罪者の顔写真が、アメリカのサイトには掲示されており日本から自由に見ることができる現実がある。他方でそのサイトを見に行くかどうかは個人の判断でモラルの問題だとする意見も紹介した。フィルタリングやレイテリングといった規制が誰に都合よくできているのかといったことを考えさせることも、この授業の一つの目標である情報を批判的に見るという行為のためにはぜひ必要な視点である。
3.8.5 生徒の感想
・ インターネットが楽しいだけのものではない。
・ 人間なんだから少しはこういう面もあると思っていたが、予想以上にひどい。
・ インターネットが怖い。できれば触りたくないがこれからの時代、そうもいかないだろう。不安だ。
第4章 実践のまとめと情報教育への提言 へ進む