「博物館の現場において多面的に知識を獲得できる
ツアー型知識映像コンテンツに関する研究」


静岡大学情報学部准教授 杉山岳弘


要  約



本研究では、博物館の現場において、来館者の興味に応じて深い知識を提供するツアー型映像コンテンツを提案し、来館者の満足度とともに学習効果を高めることを目的とする。
博物館という場においては、来館者は貴重な史料を目前にするので、史料に関する知識に興味を持ちやすい。さらに、知識が豊富な学芸員の解説を聞くことで理解が深まり、学校や学習塾など教育の現場とは異なる学習効果が期待できる。そこで、本研究では、来館者が関心を持っているテーマに沿って、豊かな知識を獲得できるツアー型映像コンテンツを提案する。
このような取り組みを行うために、本研究では、浜松市楽器博物館にてコンテンツの制作と評価実験を繰り返し行う。浜松市楽器博物館では「楽器を通して世界を知る」をコンセプトに,常に1,000点を超える展示が行われている。本研究グループでは、2005年度から同博物館に密着して取材を行い、同博物館が行っているレクチャーコンサートや学芸員による楽器の解説を収録している。
一方で、浜松市楽器博物館の現状として、子供向けに知識を提供するコンテンツが少ないということが挙げられる。「体験ルーム」、「ワークシート」といった子供向けのコンテンツも存在するが、知識をわかりやすく紹介するという点においては物足りない部分がある。また、「レクチャーコンサート」、「解説ボード」、「イヤホンガイド」といったものは、成人向けに企画されており、子供にとっては利用しにくいものとなっている。
そこで、本研究では、子供の来館者を対象とし、携帯端末によってツアー型映像コンテンツを視聴しながら展示を見るというスタイルを提案する。ツアー型映像コンテンツの特長は以下の2点である。
1. 興味を持って知識を得ることができる
2. 限定された時間内で、効率よく知識を得ることができる
今回は子供を対象とするため、「動物に関連する楽器」をコンテンツのテーマとし、動物と楽器、人間の関わりについて、利用者に示唆することを目的としたコンテンツを制作する。利用者は、携帯端末でコンテンツを視聴し、楽器に関する知識を得ながら展示を見ていく。

1. はじめに


博物館という場においては、来館者は貴重な史料を目前にするので、史料に関する知識に興味を持ちやすい。さらに、知識が豊富な学芸員の解説を聞くことで理解が深まり、学校や学習塾など教育の現場とは異なる学習効果が期待できる。そこで、本研究では、来館者が関心を持っているテーマに沿って、豊かな知識を獲得できるツアー型映像コンテンツを提案する。
このような取り組みを行うために、本研究では、浜松市楽器博物館にてコンテンツの制作と評価実験を繰り返し行う。浜松市楽器博物館では「楽器を通して世界を知る」をコンセプトに、常時1,000点を超える展示が行われている。本研究グループでは、2005年度から同博物館に密着して取材を行い、同博物館が行っているレクチャーコンサートをや楽器の解説を収録している。
一方で、浜松市楽器博物館の現状として、子供向けに知識を提供するコンテンツが少ないということが挙げられる。「体験ルーム」、「ワークシート」といった子供向けのコンテンツも存在するが、知識をわかりやすく紹介するという点においては物足りない部分がある。また、「レクチャーコンサート」、「解説ボード」、「イヤホンガイド」といったものは、成人向けに企画されており、子供にとっては使いにくい部分がある。
そこで、本研究では、浜松市楽器博物館を舞台に、子供を対象とし、興味をもってわかりやすく知識を得てもらうためのコンテンツを開発する。

2.開発ソフトウェアの概要


本研究では「どうぶつをさがせ」という、ツアー型知識映像コンテンツを開発する。このコンテンツは、利用者を動物と関連のある楽器へと誘導し、解説を行うというものである。iPodTouchにて再生を行う。浜松市楽器博物館にて、子供が利用することを前提として制作する。このコンテンツの目的は、利用者が、「動物」と「楽器」さらには「人間」との関わりを考えながら、楽器博物館の展示を見て、様々な価値観、文化を感じてもらうということである。展示されている楽器は1,000点を超えるので、ばらばらに見ると、それぞれの印象も薄くなるし、楽器同士の関連性を知るといったことができない。それとは違い、「動物」というテーマでくくることによって、人間が動物を敬い、信仰し、大切にしてきたということを意識しながら展示を見ることができる。そうすれば、見た展示に対する印象が強くなり、記憶に残り、さらには興味を持って知ることができる。こういったコンテンツを繰り返し利用することで、楽器に対して様々な観点から知識を得ることができるようになる。
コンテンツの構成は、案内部、解説部からなる。案内部では、利用者の誘導を行い、解説部では、誘導した楽器の解説を行う。以下に、各部の詳細を示す。

2.1 案内部
案内部は、利用者を目的の楽器へと誘導する役割を持つ。ここでは、動物に関連する楽器の一部を写した写真と、簡単なヒントの文章が表示される[図2-1]。画面はhtmlと画像ファイルを用いて構成する。利用者は、写真とヒントを手がかりにして、展示室から対象の5つの楽器をこちらが意図した順番に見ていく。こちらが意図した順番通りに見てもらうことで、楽器同士の関連性、歴史や伝播、変化の様子といった、「順番」を意識して楽器を見ることができるようになる。対象の楽器を発見した時、画面の写真部分に触れると、楽器を紹介する映像が流れる。
今回は、子供が対象ということから、ゲーム感覚で楽しみながら移動してもらうという方針にした。3でも述べるが、強制的に設定したコースを回らせるというコンテンツを利用した予備実験では、コースがわかりにくいという指摘があったり、子供の利用者が集まらなかったということがあった。そこで、今回は、楽器の一部を写した写真とヒントをたよりにして、該当する楽器を探し出すというゲームを行うという設定にした。利用者は、画面に表示されている番号順に展示の中から楽器を探し出していく。結果的に、こちらが意図した通りに展示を回ったことになる。ただし、問題が難しすぎると途中で飽きてしまう可能性があるので、難易度に注意する必要がある。
また、コンテンツの案内役として楽器博物館の楽器をモチーフにしたキャラクター「たむたむ」を登場させ、利用者に対する問いかけは全て「たむたむ」を通して行う。このことで、「たむたむ」に案内してもらっているかのような感覚でコンテンツを楽しめるようにする[図2-2]。


図2-1 案内部の画面の様子


図2-2 キャラクター「たむたむ」

2.2 解説部
 ここでは、楽器を紹介する音声付きの映像が再生される[図2-3]。映像はmov形式のファイルである。映像編集ソフトウェアを用いて、写真とナレーション、たむたむの画像を合成して制作する。キャラクター「たむたむ」が以下のような楽器の要素を、ナレーションによって紹介する。
・ 楽器が生まれた国
・ どんな動物がモチーフになっているか
・ なぜその動物がモチーフになったのか
・ 楽器の素材
・ 楽器の演奏方法
画面では、ナレーションに合わせて、楽器の細部や特徴的が映し出される。キャラクターを用いることで、子供がより親しみやすいようにする。
ナレーション原稿は、浜松市楽器博物館の嶋和彦館長に監修していただいた。

図2-3 解説部の画面の様子

3.本ソフトウェアの評価実験


 本研究では、楽器博物館の展示室にて、実際の来館者を対象にソフトウェアの評価実験を行った。予備実験と本実験の計2回行っており、1回目は2008年6月、2回目は2009年2月に行った。

3.1 予備実験
 コンテンツを制作するにあたり、子供にとってどのようなコンテンツが興味をひくのか、また、コンテンツによるコースの案内は可能かといったことを検討するために、予備実験を行った。予備実験では、コンテンツの媒体は携帯電話を用いて、解説部も文字と画像のみとした。

3.1.1 予備実験の概要
 予備実験では、携帯端末のQRコード読み取り機能を応用し、Flashによって、展示物の解説画面を携帯端末に表示させるアプリケーションを開発した。利用方法としては、来館者がQRコード読み取りによってアプリケーションをダウンロードし、アプリケーションが指示するガイドコースに沿って展示室を見学する。

3.1.2 予備実験の結果
回収したアンケートの集計を行った。主な結果は以下の通りとなった。
1.利用者の年齢(選択)
18歳以上  7人
2.案内方法は適切だったか?(選択)
迷わずに進めた 1人 普通 6人
3.コンテンツの内容はおもしろかったですか?(選択)
おもしろかった 7人
4.コンテンツの量は適切だったか?(選択)
適切だった 5人 多かった 2人
5.コンテンツの難易度はどうだったか?(選択)
適切だった 7人
6.どのような機能があればよいか(選択)
見た楽器をメモしてオリジナル楽器図鑑を作成できる機能 1人
楽器の音が聴ける機能 4人
学芸員に質問ができる機能 2人
そのほか(自由記述)
・地図にも何をテーマにしているかを明記してあった方がいいと思う
・学芸員が呼べる機能
 7.コンテンツについて意見(自由記述)
・解説板がない楽器の解説が良かった
・1つの楽器で何枚もスライドがあると疲れる
・音モニターのあるところで「音を聞いて」といわれると嬉しかった

3.1.3 予備実験の結果の分析
予備実験の結果について、以下の通り分析した。
・コンテンツの内容について
 量、難易度、おもしろさについては概ね好評だったが、今回は回答者が全員18歳以上であったため、本来の対象である、小学生中学年程度の子供でも使用が可能かどうか、次回の評価実験で調査する必要がある。また、量に関してはページ数が多いことに対しての指摘があったので、今後対応する必要があると考える。
 ・案内方法について
  7人中6人が(普通)と回答し、目視による利用者の観察においても、全てのコースにおいて迷わずに移動できた利用者は1名のみであった。原因として、コンテンツ中に盛り込んでいた「途中から他のコースへ移動できる」機能に誘導され、ループ状態に陥ってしまったということが挙げられる。今後、コースについても再度精査する必要がある。 
 以上2つの課題を課題から、次回は以下のような機能をコンテンツに盛り込むこととした。
・ 映像を使った解説を行う
・ コースの再検討を行う
 
3.2 本実験
 予備実験の結果を踏まえて、企画を再検討、コンテンツを改良し、本実験を行った。予備実験で表出した課題「コースの再検討」については、以下のように検討を行った。
・ 子供にとって「機械(端末)の案内通りに進む」ことは退屈に感じられる可能性がある
・ 端末や看板による案内だけで、発達途中である子供を正確に案内することは難しい
・ 「楽器を探す」というゲーム形式であれば、「自ら楽器を探す」という感覚で自然に案内をすることができる。
 以上の理由から、子供を対象とする場合は、全てをこちらの意図通りに案内するより、ゲームに本気になってもらい、自ら探す感覚で進んでもらうことで、気持ちよくコンテンツを利用してもらえるのではないかと考えた。そのため、第2回の本実験では、「楽器を探す」というゲーム形式を採用することとした。

3.2.1 本実験の概要
本実験では、2で述べたように、案内部と解説部からなるコンテンツを利用した。

3.2.2 本実験の結果
 小学生を中心とする7人からアンケートを回収することができた。結果は以下の通りである。

1.利用者の年齢(選択)
18歳以上  1人
小学校低学年(1〜2年生) 1人
小学校中学年(3〜4年生) 0人
小学校高学年(5〜6年生) 5人

2. 画面は使いやすかったですか?(選択)
  使いやすかった 6人
  普通 1人
3.コンテンツの内容はおもしろかったですか?(選択)
おもしろかった 5人
普通 2人
4.コンテンツの量は適切だったか?(選択)
適切だった 6人
少なかった 1人
5.コンテンツの難易度はどうだったか?(選択)
適切だった 6人
簡単だった 1人
6.どのような機能があればよいか(選択)
   楽器博物館の学芸員に質問が送れる機能 2人
   見た楽器をメモにしてオリジナル楽器図鑑を作成できる機能 1人
   全問正解者にプレゼント 4人
   その他 1人(ずにしたい ちがうやつもやりたい)
 7.その他意見など
   ・ゲームつきがいい
   ・子供が落とさないかずっと心配だった(18歳以上の方)

3.2.3 本実験の結果の分析
 本実験の結果について、以下の通り分析した。
・ コンテンツの内容について
  コンテンツの量やおもしろさに対する評価は概ね好反応であった。「違うパターンもやりたい」という意見も出た。このことから、テーマのバリエーションを増やすことで、繰り返し利用してもらうことが期待できると考えられる。
・ 案内方法について
  コンテンツ利用中に迷ったり、飽きて途中で投げ出してしまうといった利用者はおらず、アンケートでも、難易度の項目で「適切だった」と回答した利用者が85%で、適切な案内ができたと考えられる。また、行動観察においても、意欲的に取り組む様子が見られた

4. 今後の課題


今回は、利用者が興味を持って意欲的に取り組むことができ、かつ、楽器と動物の関係について意識しながら知識を得ることができるというコンテンツを開発した。評価実験の結果から、次のような課題が考えられる。
・ コンテンツの制作を補助するシステムの開発
 今回は、コンテンツのテーマとして「動物に関連する楽器」という1種類を設定したが、多種類のテーマにもとづいたコンテンツを複数用意することで、利用者は様々な切り口から知識を得ることができるようになる。また、今回制作したソフトウェアは、楽器博物館だけではなく、美術館やその他の分野の博物館においても応用が可能である。そのためには、コンテンツを容易に作れるシステムを開発し、展示物に対する知識が豊富な学芸員がコンテンツ制作を行える環境を整えることが必要である。
・ より深く効率的に知識を得るコンテンツの企画
 今回は、利用者がゲーム感覚で意欲的に、興味をもって取り組むことができるということに対して高評価を得ることができた。一方で、コンテンツによって得られた知識の深さに対しては、評価を得るまでに至らなかった。今後は、子供の理解レベルに合わせて、より深く印象に残る知識を得てもらえるコンテンツの企画をすることが必要である。

謝辞


コンテンツの制作にあたり、場の提供および監修をしていただいた浜松市楽器博物館館長嶋和彦氏、並びに職員の皆様に深く御礼申し上げます。