発達障害児生のためのソーシャルスキルトレーニング用Webアプリケーションの開発と般化プログラムの検証

〜行動支援型ソフトウェア「Droplet SST」の開発〜

 

青木 高光

 

 目次

 
要約

1、 はじめに               

2、 DropKitと視覚支援 

3、 DropKitの機能と使用方法

4、 評価

5、 まとめと課題
 


要約

 

 発達障害を持つ児童生徒の学習においては、環境の構造化やスケジュールの可視化といった視覚支援が有効かつ必須であると考えられている。また、社会生活を円滑に行う為にスーシャル・スキル・トレーニング(SST)を活かした個別支援の重要性も指摘されている。しかし、その手段として提供されている技法は、専門的な知識を要するものが多く、教育現場ではそれらを上手く取り入れることができない実態がある。そういった児童生徒の学習ニーズと、支援する側のニーズの両方に応える為に、視覚支援を取り入れつつ、SSTが効率的かつ楽しく行えるソフトウェア「Droplet SST」を開発した。

 Droplet SST」(開発中に名称をDropKitと変更。以下DropKit)は「場面設定モード」「時間設定モード」「確認モード」の主要な三機能をもつ。「場面設定モード」は自由にキャラクターを配置して、発達障害児生が陥り易い困難な状況や、理解が難しい場面を視覚的に分かり易く示す機能を集約したものである。「時間設定モード」は、作成した場面を携帯情報端末などに送り込むことで、外出先などでの視覚的な支援を補助する。「確認モード」では作成した場面を振り返りながら、対応方法や活動の指針を確認できる。

 以上の3つの機能が発達障害を持つ児童生徒の日々の学習や生活に役立つかを検証した。

 

長野県稲荷山養護学校



1 はじめに

 

 一般に自閉症やLDADHDといった発達障害を持つ児童生徒の学習においては、環境の構造化やスケジュールの可視化といった視覚支援が有効かつ必須であると考えられている。また、社会生活を円滑に行う為にスーシャル・スキル・トレーニング(SST)を活かした個別支援の重要性も指摘されている。しかし、その手段として提供されている技法は、専門的な知識を要するものが多く、いわゆる特別支援教育の専門家でない教員にとっては活用のハードルが高く、それらの手段を上手く取り入れることができないでいる実態がある。

 そこで我々は、そういった児童生徒の学習ニーズと、支援する側のニーズの両方に応える為に、視覚支援を取り入れつつ、SSTが効率的かつ楽しく行えるソフトウェアを構想した。

 

2 DropKitと視覚支援

 

 自閉症やLDADHDといった障害をもつ生徒にとっては「周囲からの刺激を適切にコントロールした」環境作りが大切である。

 視覚的に問題や解答を提示ができるコンピュータは、認知面での視覚優位性が高い彼らの学習スタイルに合わせやすい。だが、現状のコンピュータ教材の多くは健常児を対象に作られているため、発達障害児生のニーズや認知の特性にあったものとは言えない。

 通常自閉症の生徒は、決められたスケジュールに合わせて行動することを好む。初めての場所へ行くことは大きな心理的負担である。しかし、逆に言えば見通しをもって行動し、目的が達成できれば、それが大きな自信となり、やがては社会的な自立につながっていく可能性がある。

 そこで、あらかじめ行動計画を自分で(教師の助けを借りながら)プログラムして安心感を持ち、出先では携帯端末にリアルタイム送られてくる情報を参照しながら、課題を遂行して行くことで「自分で計画を立て、自分でやり遂げた」という大きな満足感を得ることができる教材は非常に有用であると考えられる。

 

 我々研究メンバーは、これまでに多くのコミュニケーション支援システムの開発に携わってきた。今回の「DropKit」の開発にあたっては、これまでに培って来た、AAC(補助代替コミュニケーション)AT(支援技術)、視覚支援や構造化といった、昨今の特別支援教育で注目されている領域での開発経験をベースにした。

 特に研究メンバーの竹内は、国産としては最大数を誇る絵記号ライブラリデザイン経験を持ち、その力量は国内だけでなく、海外でも高い評価を受けている。我々はその経験を活かして、2007年からは「Drops」というシンボルライブラリを独自開発してきた。また、同時にDropsを活用した様々なWebアプリケーションも開発してきている。

 今回のDropKitは、そのDropsを活用した視覚支援ソフトウェアの集大成的なものである。すでに視覚支援に広く活用され、有効性が認められているDropsを基本ライブラリとして用いることで、DropKitの有効性も高まるものと考えている。Dropsはすでに500語以上の語彙を持っている。SST用のWEBアプリケーションで、独自にこれだけの視覚支援用シンボルを持っているのは、現時点では他に類を見ない。

 

     

図1 Dropsの例

 

 


3 DropKitの機能と使用方法

 

 DropKitはウェブアプリケーションである。アプリケーション本体はサーヴァに置き、基本的にJavaScriptHTMLのみで記述され、汎用性、互換性、移植性が高いものになっている。開発メンバーが運営するDroplet Projectのサイトでは、DropKit以外にもすでに様々なウェブアプリケーション(それらも同様に全てJavaScriptHTMLのみで記述されている)が公開されており、すでに多くの方に使っていただき、高い評価を得ている。

図2 Droplet Projectトップページ(URL http://droplet.ddo.jp/

 

DropKitへのリンクをクリックすると、以下の様なログイン画面に移動する。ここで新しいアカウントを作成するか、あらかじめ登録したアカウントでログインすることができる。

図3 DropKitログインページ

 

DropKitの主要な機能は以下の3モードに集約されている

 

(1)場面設定モード

 DropKitの最も基本となる操作場面で、エレメント(背景やキャラクターの総称)を合成して、ある状況を示す絵を生成する機能を集約したモードである。DropKitはこの「場面作成モード」で作成した状況絵を様々な用途に活用する。

 

背景の選択

まず、作成したい状況の背景を選択する。教室、電車の中、プラットフォームなどがあらかじめ登録されており、追加も可能である。現時点での開発ヴァージョンでは、基礎アンケート(協力を依頼した教職員、保護者等15名)で、最も必要度が高いと思われる背景(トラブルが起こり易い場所など)を上げてもらった中から順位の高かったものから登録した。

図4 場面設定モード

 

・キャラクターと物の選択。

 背景の上には最大5個まで自由にキャラクターを配置でき、マウスやタッチパネルへのタッチで自由に位置を変更できる。

 キャラクターは、人物、品物、吹き出しの三種類にカテゴライズされ、選んで使い分け易いようになっている。現在はそれぞれ20個程度をあらかじめ登録してあるが、ユーザーに合わせて追加・変更でき、上述のDropsシンボルも使用できる。キャラクターは透過型GIFで作成されていて、大きさや重なり具合を自由に変更できる。

図5 キャラクター選択パレット

 

また、吹き出し内にはセリフの入力も可能で、文字サイズも吹き出しに合わせて調整できる。

 

図6 セリフの調整

 

 一例として、トラブルの発生場面の生成の実例を上げた。

 教室携帯電話を貸したところ、その後ずっと携帯を返してくれない、という2つの場面である。この異なった状況が、背景、キャラクターの表情、配置、位置関係、重なり具合、吹き出しの形、セリフの内容をすこしずつ変更する簡単な操作で、すぐに作り出すことができる。

 それぞれ、場面に名前をつけて保存でき、更にそれぞれの場面に時間設定をしておくことで、後述の時間設定モードで活用できる。

 このモードを使って、トラブルへの対応方法を子どもと共に検討したり、ロールプレイ、シミュレーションを行うことができる。「こういう時どうするのかな?」などの問い掛けをしながら、具体的な画面を示すことは有効な視覚支援となると考えている。

 

図7 トラブル場面作成例

 

表示時刻の設定

ここで指定した時刻に、ブラウザ上に完成した状況絵を自動的に表示できる。そのための時間はラジオボタンで簡単に指定できる。

 

(2)時間設定モード

 上述の「表示時刻の設定」で指定した時間に、ブラウザの画面を自動的に書き換えて状況絵を表示するモードである。表示する場面は後述の「確認モード」で一覧できる。

 生徒はこの様な携帯情報端末やスマートフォンを持ち歩く事で、あらかじめ設定した状況絵を移動先で参照することができる。

 

写真1 代表的な携帯情報端末での状況絵表示例

 

(3)確認モード

 作成した状況絵を一覧で確認できるモード。状況絵をストックしておき、管理するだけでなく、複数の状況絵を連続して見せることで、生徒にトラブル場面とその解決方法などを関連づけて考えさせるなどの支援場面にも使うことができる。

図8 確認モード

 

以上の3つの機能を組み合わせて、実際の学習では以下の様な支援の流れを組む事ができる。

 

例:「校外学習で買い物と食事をしよう」

・行動計画に沿って、あらかじめ生徒と共に活動の状況絵をコンピュータを使って作成する。

・その際に心配な事柄については視覚的に分かり易いシンボルを参照しながら、一緒に確認していく(例:初めて乗るバスのシンボル、降りるバス停の名前、料金と金種など)。

・対象生は携帯情報端末(小さなパソコン、スマートフォン等)を持って、校外学習にでかける

・アプリケーションサーヴァからは、リアルタイムで携帯情報端末に、スケジュールと行動が表示送信される(表示データは事前学習で入力した物が活動時間に合わせて自動的に表示される)。

・生徒は移動しながら、必要に応じて携帯情報端末に表示される予定や対応のヒントを参照しながら行動する。

 

4 評価

 

(1)アンケートによる評価

DropKitの基本的な機能がほぼ完成した200812月以降、学会(機器展示会)、研修会でデモを行い、簡単なアンケートに答えてもらう形での評価を行った。

○サンプル数:57件(内訳は教員38名、保護者10名、言語聴覚士5名、施設職員など4名)

○アンケート採取場所:ATAC2008京都(DropKitに関するポスター発表、口頭発表を行った)、及び特別支援学校の校内研修会。

○質問内容

(1)   DropKitはあなたが関わっているお子さんの支援に有効だと思いますか?

(2)   DropKitの使用方法はお子さんにも分かり易いと思いますか?

の2点、回答は5段階で以下の中から一つ選択。

・有効である(分かりやすい)

・どちらかというと有効である(どちらかというと分かりやすい)

・どちらとも言えない(どちらとも言えない)

・どちらかというと有効ではない(どちらかというと分かりにくい)

・有効ではない(分かりにくい)

 

その結果は以下の通りで、DropKitの有効性や使い勝手が好意的に評価されたと言って良い結果となった。

表1 有効性の評価結果


表2 分かりやすさの評価結果

 

実際の活用場面での評価

DropKitを用いて実際の校外学習で活用した。事前に学校を出る時間、バスに乗る時間、バスを降りる時に見せる無料パス券、降りる場所、昼食場所、払う金額などの項目を一緒に確認しながら生徒と共に状況絵を製作した。通常の文字ベースのしおりであれば、興味を失いやすい生徒も、コンピュータ上で実際に絵を動かしながら話し合うことで、活動内容への興味を高めることができた。当日はスマートフォンに状況絵を表示させながら、確認しつつ行動した。不安を持っていたバスの乗り方や、昼食代金の支払いなどでも、安心して活動に取り組むことができた。

 

5 まとめと課題

 

 DropKitは、当初の予定通り、発達障害児生への視覚支援やSSTに有効なツールになりえることが確認できた。今後の課題としては

(1)キャラクター用シンボルライブラリの更なる充実

 ・通常の日常会話の基本語彙として、約1500語程度が必要と考えられる。Dropsシンボルライブラリの拡充を進めたい。また、DropKitの開発中に、テスト運用ユーザから「人物の表情をもっと多彩に作れないか」という要望があった。そこで試験的に「FaceKit」という、人物の感情を表現する為の機能を別途作成した。すでにDroplet Projectのウェブサイトで先行して一般公開しているが、かなりのユーザに好意的に受け止められている。今後DropKitのシステムともシームレスに連携できるような仕組みを考えていきたい。

図9 FaceKit

 

(2)携帯情報端末への幅広い対応

 ・現在のところ、DoCoMo HT-01AAppleiPhone、同iPod touch などのスマートフォンや携帯情報端末で問題なく動作する事を確認している。また、殆どのフルブラウザ搭載携帯電話でも、ほぼ問題無く表示できた。しかし、携帯電話の機種によっては画面サイズの制約から表示がわかりにくいこともある。対象機種に合わせて送り込む情報を絞り込める様にするなど、なんらかの対処方法を考えていきたい。

 

(3)完全一般公開へ向けたサーヴァの拡充と安定度の強化

 ・現在は限られた資金の上で独自サーヴァを運用している。かなりの数のユーザーに対応できるような基本機能は搭載しているが、セキュリティ面からも、コンピュータリソースの面からもユーザーの写真や個人情報に関わるものは、サーヴァ管理者を通してのアップロードにしてあるため、個人ではアップロードできない。今後完全一般公開に向けて、サーヴァの増強とセキュリティの向上を図ると共に、さらに一般ユーザーが使いやすい拡張性も整えていきたい。

 

以上の課題に取り組みつつ、一般公開を目指して開発と改良に取り組んでいきたい。

 

 

 

研究協力者 川辺 博(聖和学園短期大学・准教授)

 

参考資料

 

○高機能自閉症・アスペルガー障害・ADHDLDの子のSSTの進め方

 ―特別支援教育のためのソーシャルスキルトレーニング

  田中和代 岩佐亜紀

○お母さんと先生が書くソーシャルストーリー

―新しい判定基準とガイドライン

  キャロルグレイ

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Ajaxアプリケーション & Webセキュリティ

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