Science Rooms 〜科学の部屋

代表者 川上 申之介  神戸情報大学院大学

kawakami@kobedenshi.ac.jp

開発研究助言者  原田 恵介  京都大学大学院情報学研究科修士課程2年


概要

初等中等教育現場における理科離れが問題となっている現代の教育においては、ゲームを通じた科学教育は有意義である[1]。特にサイエンスデジタルゲームの利用は、専門的な実験機材などを必要としないだけでなく科学実験経験者以外にとっても扱いが容易で、かつ娯楽性があることは学習の習慣付け及び科学への興味付けや教育現場へのデジタル教材普及に関しても大きな利点である。
旧来の理科教育手法に「ゲーム教育」という新機軸を供給すべくサイエンスデジタルゲームを開発することこそが、本開発研究の目的である。


目次

  1. はじめに
  2. 水の部屋
  3. 物の運動の部屋
  4. 音の部屋
  5. 電磁気の部屋
  6. 宇宙船
  7. 統計解析
  8. 今後の課題
  9. おわりに

1.はじめに

本開発研究ゲームソフトは、子供たちが日常生活で経験したことがある自然現象及び宇宙での現象をコンピュータ上で再現し、パラメータを自由に変更することにより、現象を仮想経験し理解を深めるためのゲームソフトウェアである。仮想現実を通した現実の理解に関しては数多くの議論がなされている[2]。本ゲームソフトウェアは現実をリアルに再現するように開発しており、プレイヤーが現実の実験装置なしに実験を仮想体験することができる。

ゲームの構成としては、タイトル画面、ステージ選択画面、実験時間の確保ステージ、5つの分野ステージ、データ解析及び考察という5つから成る。扱う自然現象は、水の科学、物の運動の科学、音の科学、電気の科学、宇宙の科学の5つである。

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図1−1.タイトル画面図1−2.ステージ選択画面

本ゲームソフトウェアはMicrosoft社の提供するDirectX9.0bを用いてC++言語によるプログラミングにより開発を行った。また「物の運動の部屋」はAGEIA社の提供する物理エンジンPhysXを用いて開発を行った。開発環境はOS:Microsoft Windows Vista Home Premium上でMicrosoft Visual Studio 2005を用いた。動作確認はWindows Vista、WindowsXP上での動作を確認した。尚、本ゲームで遊ぶためには、必要なDirectX9ランタイムPhysXランタイムをMicrosoft社及びAGEIA社のWebサイトよりダウンロードしインストールしなければならない。

ステージ選択画面(図1−2)では、先ず「実験時間の確保」を選択しなければならない。ここで獲得した時間分のみ5つの部屋それぞれで実験することができる。選択すると画面が切り替わる(図1−3)。現在の「獲得時間」が表示され、自分が今何秒実験できるかがわかる。またその下の「ゲーム速度」では、全体のゲーム動作速度を調節することができ、数値を大きくすればするほどゲーム動作速度は遅くなるようになっている。

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図1−3.獲得時間とゲーム速度図1−4.「汚染物質」の撃破

迫り来る「汚染物質」をマウスの左ボタンを押して撃破する。撃破すれば(図1−4)、1つの撃破あたり、実験時間を「1秒」確保できる。現代の環境汚染への意識と、また実験・観測のための時間がいかに貴重であるかをここで認識できるようになっている。

実験時間を確保し、「水の部屋」、「物の部屋」、「音の部屋」、「電磁気の部屋」、「宇宙船」の5部屋のうちいずれか好きな部屋を選択すると、それぞれの部屋に入ることができる。部屋に入るとパラメータ設定画面が表示される。観測したい現象を変化させるためにはパラメータを変えてみることが重要である。ここではその「変化」を「観測」することに重点を置くため、パラメータに単位を設けない。パラメータの値は原則、1から100または0から1までの値を持たせてある。

実験時間は先に確保した時間分しか実験できない。また実験回数は3回までにしている。これは、一回目の実験で設定したパラメータの値と、それより大きい場合、それより小さい場合、すなわち必要最低限の大・中・小の合計3回のパラメータ値設定が重要だからである。パラメータ変更による現象の変化を観察するので、大中小の3通りの観察を行う。

操作方法は宇宙以外は全てマウスの3つのボタン(左右および中央のロールボタン)を用いる。ゲームの視点はマウスの右ボタンを押しながらマウスを動かす事で上下左右に動かす事ができ、マウスの中央のロールボタンの回転によってズームアップ・アウトが可能である。  以上の実験を行った後、自分がどのようなパラメータで実験しその結果がどうであったかを実際にグラフにプロットし、自分で変更したパラメータに対する観測データの傾向を解析し考察することでゲームはエンディングを迎える。


2.水の部屋

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図2−1.水の部屋図2−2.水の部屋の実験画面

ここでは地上で吹き上げられた噴水が、重力を受けながらどのように運動するか観測し、解析を行う。
流体力学のゲームへの応用研究は以前からなされているが[3]、本ステージではパーティクル技術による噴水を取り扱う。
まず重力加速度と空気抵抗の値を決める(図2−1)。重力加速度は地球の重力加速度(9.8[m/s^2])であるが、空気抵抗はグラフィック的な意味での付加項目であり、ここで観測すべき事は、噴水の水滴が、地球の重力加速度の値によってどのような落下運動を行うかということである。

重力加速度を変えながら、水滴の落下実験(図2−2)を繰り返し行い、データ解析に移る。


3.物の運動の部屋

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図3−1.物の運動の部屋図3−2.物の運動の部屋の実験画面

ここでは山積みされた箱の密度と、投げるりんごの密度を変更しながら互いに衝突させ、衝突後の物体の回転運動について観測し、解析を行う。

物体の振る舞いを決める最重要要素はその物体を構成する物質の組成、密度(質量)である。同体積であれば高密度の物体の方が振り回しにくく、低密度の物体の方が振り回しやすい。これらは剛体の慣性モーメントによって説明できるが、りんごと、そのターゲットである箱の密度、またりんごの投げる速度、を設定することで衝突時の物体の振る舞いを観測することで本質を理解する。
付加要素としては、物体と床との反発係数をパラメータとして持つため、力積について観測することも可能である。

観測が終わると、それぞれの物体の密度に対する、自分の目で見た物体の回転速度をプロットし解析する。


4.音の部屋

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図4−1.音の部屋図4−2.音の部屋の実験画面

日常生活で必ず耳にしている音に関する現象は何と言ってもドップラー効果である。ここではマイクの周りをぐるぐる周回し走り続ける車(図4−2)の縦横方向の移動速度を変更し、車が遠ざかる場合と近づく場合の音の変化を観測し、解析する。

音の聞こえ方は、音源と観測者との位置関係、及び双方の相対速度で変化する。本実験では観測者の観測場所は地上に固定されたマイクの位置であり、音源は自動車の天板に標準装備された拡声器である。自動車はマイクを中心に前後左右に楕円軌道を描くように周回するため、マイクを横切る瞬間及び、横切った後の音の聞こえ方の違いを観測することができる。
観測が終わると、自動車の移動速度に対する音の高低を解析する。


5.電磁気の部屋

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図5−1.電磁気の部屋図5−2.電磁気の部屋の実験画面

電気は現代文明の最も重要な役割を果たしている。その電気とは電子の動きによって生まれることを、実際に回路中を動く電子を見る(現実世界では見ることは出来ない)ことによって想像力を育むこと、またオームの法則を学習することが本実験の目的である。

パラメータ設定画面で設定可能な値は電圧と抵抗の値である。電圧を上げたり、抵抗を下げたりすることによって、電子の個数は増え、その流れの逆方向が電流の方向である。マウスのロールボタンでズームアップし、回路の中をのぞくと、電子の移動の様子を観測することができる。現実には電子は光速で移動しているため観察することはできないが、イメージすることで電磁気学の面白さを体感できるようにしている。このような観察の後、解析を行う。


6.宇宙船

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図6−1.宇宙船図6−2.宇宙船の実験画面

ここでは地上からロケットを打ち上げ、地球の軌道に乗せるか、または地球の重力圏から脱出をするために、初速度のパラメータを調整し、重力との関係を考察する。太陽系の旅や、星の終末(超新星爆発)の観測を行い、ロケット工学や宇宙物理学への興味を引き起こすことを目的としている。

まず打ち上げるロケットの初速度、地球の重力加速度を決める(図6−1)。その後実際に打ち上げを行い(図6−2)、ロケットの軌道を確認する。重力と初速度によってロケットの軌道がどのように変化するかを観測する。ロケットは不死身であり、何度失敗しても次の打ち上げを行う事が可能である。

宇宙へと出たロケットからは、地球を確認することができる。地球の周りには月が周回しており、幸運にも太陽−月−地球の順に並んだ場合には地球に移りこんだ月の影を観測することもできる(図6−3)。

左右キーにより左右への移動、上下キーにより高速で前後に移動することができる。惑星は海王星までを観測することができ、木星の大赤斑や土星の輪、星間物質等も観測できる。

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図6−3.宇宙空間での「日食」図6−4.超新星爆発

ここまでだと太陽系までしか観測できないように思えるが、ロケットの推力を最大にして打ち上げた場合に限り、遥か遠方にあって数百億年前に爆発した恒星の爆発(超新星爆発。図6−4)を観測することができる。

爆発後の膨張は実際は数百年〜数千年必要であるが、ここでは高速早送りで衝撃波の伝播の様子を観測することができる。宇宙の神秘への挑戦心を掻き立てることができる。


7.統計解析

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図7.最小二乗法によるフィッティング

各ステージでの3回の実験を行うと、自動的に統計解析ステージへと切り替わる。
ここでは本ゲーム特有の解析を行う。手順としては、横軸に指定された特定のパラメータの、最小値、中間値、最大値における測定値(これは厳密な値ではなく直感的な数値)を、画面右上のボールを貼り付けていくことによってプロットする。

その後、右上のフィッティングボタンを押す事によって自動的にフィッティングがなされ、黄色いラインが描画される(図7)。そのラインの傾きから、自分で変えたパラメータによって何がどう変化したのか、それらの間の関係は何かを考察する。

最小二乗法によるフィッティングというものは理工系の大学では入学後間もなく学習する内容だが、数学的な背景等にとらわれる事無く、初等中等教育現場においてもこのような手法を目にすることは、理科の学習の本質が単なる問題解法の学習ではなく、自分で手に入れた測定値から何がわかるかを自分で考えることが大切であるということを学ぶために必要と考え、本ゲームソフトの最重要要素として取り入れている。


8.今後の課題

まず行うべきことは、このゲームを小中高生に実際にプレイしてもらい、このゲームを通じて理科への興味が引き起こされたかどうかを調査し、このゲームの教育的価値を探る事である。
ゲームの教育における有用性に関しては多くの議論がなされており、教育者側の指導手法に関しても多くの議論がなされている[4]。これらを踏まえ、サイエンスデジタルゲームを用いた理科教育手法自体の研究にも着手する予定である。 ゲームの既知の課題としては、単独で開発を行っていたためデバッグに費やす時間を多く割けなかったことによるバグの発生である。今の所大きなバグは見つかってはいないが、早急にテストプレイに多くの時間を費やす予定である。また、本開発研究の基本哲学であるが、思いついた面白そうな事で、且つ子供たちが喜びそうなテーマは速やかにゲームに取り込むという事である。


9.おわりに

理科教育のためのサイエンスデジタルゲームを開発した。今後もアイデアの詰まったサイエンスデジタルゲームを開発し、理科教育の現場を活気付けて行きたい。


参考文献

  1. Rikke Magnussen.(2005).Learning Games as a Platform for Simulated Science Practice. Proceedings of DiGRA 2005Conference:Changing Views-Worlds in Play.
  2. Hanna Sommerseth.(2007)"Gameic Realism":Player,Perception and Action in Video Game Play. Situated Play,Proceedings of DiGRA 2007 Conference.
  3. GameProgramming Gems6. DICKHEISER. CHARLES RIVER MEDIA
  4. 教育におけるゲーム利用の可能性,Till Meyer,Nicole Stiehl(Spieltrieb社),コーディネータ:吉川肇子(慶応義塾大学),杉浦淳吉(愛知教育大学),矢守克也(京都大学),網代剛(中央学院大学)シミュレーション&ゲーミングVol.16,No.2,December,2006