開発ソフト概要説明書
研究代表者 氏間和仁(愛媛県立松山盲学校)
目次
研究代表者 氏間和仁
要約
教育の中でIT化が進み、コンピュータの性能を最大限に引き出す教材としてマルチメディア教材が注目されている。しかし、視覚を十分に活用できないロービジョンの児童生徒にとって既存のマルチメディア教材は操作が難しく、また視認性の面でも問題がある。そこでロービジョンの視覚特性を考慮したマルチメディア教材の作成を行った。
作成の前に、見やすさ、分かりやすさ、扱いやすさの3点から要求仕様を設定し、それを解決する方法で教材作成に着手した。作成する教材の内容は理科と理療科で生理学を担当している教員が検討し題材を設定した。作成の手順は、まず教材作成の基本パターンを作成し、ロービジョン者や専門家に意見を出してもらい、元となる教材を作成した。それを元にして、教材の基本構成の作成、絵コンテ作成、アナウンス原稿作成、アナウンス録音、Flashコンテンツ作成、作り込みの過程を経て教材を作成した。作成の過程ではコンピュータクリエータ ヴォランティアやアナウンス ヴォランティアに協力してもらった。
作成した教材を使って研究授業を行い、マルチメディア教材が授業の中で効果的に利用されていたことが確認できた。
ロービジョン者が見やすく、分かりやすく、扱いやすいマルチメディア教材の作成に取り組み、。3項目について要求仕様を設定し、それを達成する教材を作成することができた。また実際の授業中の利用でも十分に利用でき、家庭学習で利用している生徒もいた。この教材で取り扱っている題材や、この教材が持つノウハウは多くの教材で共有できると考えられ、今後の教材開発への参考になると考えられる。
教育を効率的で効果的に行うためにIT(情報通信技術)を積極的に活用することが求められている。その手法の一つとしてインターネットというデジタル土俵の中で行う情報・知識・知恵の相互伝達や、蓄積、創造の場であるeラーニングという言葉が想像され研究と実践が進んでいる(岡本,2003)。
eラーニングは静的教材、動的教材、対話的教材に分類される(茨城県教育研修センター,2004)。これまで高い自由度でロービジョンの視覚特性に応じた表示を行うことのできる技術を開発し(氏間,1999)、静的教材と対話的教材を中心に実践して成果を上げてきた(UJIMA & ODA,2004)。その実践研究を評価する中で、ロービジョンでも見やすい動画と音声・効果音などを併用したマルチメディア教材(動的教材)の必要性が浮かび上がってきた。そこでロービジョンの視覚特性に応じた見やすい動画によるマルチメディア教材の開発と実践に取り組んだ。
井上(1999)はマルチメディア教材の利点を「教師や教科書の言語情報だけに頼って、学習者が抽象的なものの理解をするだけでなく、写真や絵画、そして3次元のグラフィックス、アニメや動画なども動員して、視覚的なイメージを膨らませながら、より具体的な形で学習を進めて行くことができる。」と指摘している。さらに、マルチメディア教材は言語システムとイメージシステムの2つのシステムを用いて学習することができ、イメージと言葉を対連合的に覚えることで学習を効果的に行うことができるとする考え方もある(Paivio,1986)。このような特徴を生かすべく、工学教育(阿部,2004)や言語教育(上村,2004)をはじめ様々な学習の分野でマルチメディア教材は活用されている。
マルチメディア教材の利点をロービジョンの視点から考えてみる。主に@動きのある題材(現象)の速度を調節することができる、A繰り返し観察することができる、B実写よりも映像や現象を単純化、象徴化できるなどを挙げることを挙げることができる。
ロービジョンは何らかの手だてを講じることで、視覚をより活用した学習が可能になることはよく経験できる。マルチメディア教材が適切に教育活動に導入されることで効果的な学習が可能になることや、ロービジョンにとって見やすい環境を実現できることなどを考え合わせると、ロービジョンの視覚特性を考慮したマルチメディア教材の開発と実践は意義が大きいと考えられる。しかし、ロービジョンの見え方に応じたアニメーションの検討や、操作性に考慮したマルチメディア教材の開発や実践に関する先行研究はあまり見かけない。そこで私たちはロービジョンに適したマルチメディア教材に着目した。
今回取り上げる題材は「体の働き」である。これは、実写の映像では見分けにくくロービジョンにとっては実際に実験や観察がしにくく、現象を言葉で概念化することが困難な題材である。よってアニメーションなどを利用したマルチメディア教材による学習が適した題材であると考えられる。さらに、この題材は理療科や理科の指導で利用することができるため、活用範囲が広いことなどから、この題材を設定した。
マルチメディア教材作成の過程について述べる。
マルチメディア教材を作成する環境としてはCGIなどの言語を利用したものやSMIL (Synchronized Multimedia Integration Language)のようにXML(Extensible Markup Language)で作られたマルチメディア記述用の言語など多くが存在する。それらの中で、eラーニングを前提としているためインターネットでの利用が可能であること、CGIのような特別なサーバシステムが不用であること、動画や音声が取り扱えること、様々な利用者のコンピュータ環境で利用できること(マルチプラットフォーム対応)、作成が比較的容易であること、十分に一般化していることなどの理由からmacromedia社のFlashを用いて開発を行った。
3つの要求仕様を設定し、開発に取り組んだ。
弱視の視覚特性を考慮する項目(見やすさの項目)としては次の点を要求とした。
理解を促す項目(分かりやすさの項目)としては次の点を要求とした。
操作性を向上する項目(扱いやすさの項目)としては次の点を要求とした。
マルチメディア教材の作成に先立ち、これら3項目の要求仕様に立てた。
教材は5つ作成することにした。5つの内容選定を理療科と理科の教員で行い、「反射弓」、「単収縮と強縮」、「視覚(入射光の調節、遠近の調節)」、「小循環、大循環」、「シナプス伝達のメカニズム」とした。まず、本格的な作成に入る前に、1番目の「反射弓」の教材を作成し、弱視の生徒に試用してもらい、見やすさ、分かりやすさ、扱いやすさの3点で検討し、教材作成の基本パターンを作成した。それを元にして、教材の基本構成の作成、絵コンテ作成、アナウンス原稿作成、アナウンス録音、Flashコンテンツ作成、作り込みの過程を経てアニメーション教材を作成した。
完成したアニメーション教材について要求仕様と照らしながら評価する。
見やすさについては、文字の大きさは本文を65ポイント、確認テストを36ポイントに設定した。17inchの液晶ディスプレイ(解像度は1,024×768ピクセル)で実測した結果、本文の文字の高さは5.7cm、確認テストは3.2cmであった。30cmの視距離で見るのに必要な視力は本文が1.8logMAR (小数視力では0.02-相当)、確認テストは1.5logMAR(小数視力では0.03相当)であり、文字を利用して学習する弱視のほぼ全てをカバーするのに十分な文字サイズであった。コントラストはマイケルソンの法により算出した(表1)。コントラストの設定は2種類用意することができた。授業での利用の状況をみても十分に弱視の視覚特性に応える結果であった。
分かりやすさについては、授業で利用してもらった後のアンケートによると、十分に理解でき、分かりやすい内容であったと答えた者が多く、分かりにくかったと答えた者はいなかった。確認テストについても好評であった。
扱いやすさについては、矢印キーのみで操作できるようにしたためパソコン操作に不慣れな者やマウスポインタが見えにくい者でも十分に操作できていた。また、1カットが終了すると「ピン」という終了を知らせる音を入れることにより、次の操作へのきっかけがつかめるようにした。
※ logMARとは,国際的に使用され始めた視力の単位。最小分離閾の視角(MAR; Minimum Angular Resolution)を常用対数にしたもの。「ログマー」と発音する。
生理学の授業で「反射弓」「単収縮と強縮」の教材を利用した。その結果、授業の中でも十分に利用することができ、生徒は興味を持って単元の内容を理解することができていた。また興味をもった生徒は家庭の学習にも利用している。
各題材の最後に設けた確認テストでは「正解」「不正解」をその場でインタラクティブにやりとりしながら利用できる。自分の解答をすぐさま確認し間違っていれば修正できる点で、生徒の学習意欲の向上に貢献していた。
index.htmlを開くと、MENUページが表示される。
簡単な操作を説明する。
テキスト色と背景色を設定するページである。見え方によって、「背景が白で、テキストが黒」ならAを「背景が黒で、テキストが白」ならBを選択する。マウスでAまたはBをクリックするか、Tabキーで選択してEnterキーを押す。キー操作を取り入れたのは、視覚の状況によってマウス操作が困難、あるいは無理な利用者を考慮したためである。選択した時点で、MENUページに戻る。この設定は、ローカルパソコン内のCookieに保存されるので、再設定するまで有効である。
教材は、「1.反射弓」、「2.単収縮と強縮」、「3.視覚(入射光の調節、遠近の調節)」、「4.循環(大循環と小循環)」、「5.興奮の伝達(シナプスの構造と働き)」の5つがある。教材以外に、教材で利用するマウスやキーの操作を練習するための「9.キー操作の練習」のページや、教材で利用されている文字の大きさを確認するための「10.文字サイズの確認」のページを用意した。教材を利用する前に教材の操作方法や教材の見え方を十分に確認できるように配慮した。
1から5のアニメーション教材を選択する。
各教材の最初のページには「スタートボタン」があるので、それを押す。音声環境で利用している場合は何度かTabキーを押して「ピーン」という音の後、Enterキーを押す。これによりFlashコンテンツをアクティブにしキーイベントを取得できるようにしている。スタートボタンを押すとアニメーション教材が始まる。
2ページには、中央にタイトルと下側に操作ボタンが表示される。以下、「反射弓」の教材を例にしながら解説する。
まず、基本的なキー操作あるいはマウス操作について解説する。ユーザビリティを向上させるために、画面の下にあるナビゲーション用のボタンは全画面で統一している。
「戻る」ボタンあるいは「左矢印キー」で、前ページに戻る。
「再生」ボタンあるいは「下矢印キー」で、現在のページの最初から再生する。
「次へ」ボタンあるいは「右矢印キー」で、次のページに進む。
各ページの終了時には、「ピーン」という音が入るので、それを合図に上記の操作を行う。なお、2ページのタイトル画面で「戻る」操作をすると、MENUページへ戻る。3ページより、アニメーション教材の本編がアナウンスと共に始まる。
教材の最後に、「確認問題」がある。「○・×」を選択して答える。その場で「正解・不正解」が表示され、合成音声のアナウンスでも発声する。「次へ」ボタンあるいは「右矢印キー」で、次の問題に進む。
最後に正解数が表示される。「次へ」操作をすると、MENUページへ戻ります。
ロービジョン者が見やすく、分かりやすく、扱いやすいアニメーション教材の作成に取り組んだ。3項目について要求仕様を設定し、それを達成する教材を作成することができた。また実際の授業中の利用でも十分に利用でき、家庭学習で利用している生徒もいた。教科指導でアニメーションが効果的な内容はたくさんある。今後、そのような内容でアニメーションが効果的に利用できる場面が増えることを望んでいる。
さらに、弱視に配慮した教材、つまり、文字が大きく、コントラストがはっきりし、単純化された図という特性を備えた教材は、学習障害(LD)や、注意欠陥/多動障害(ADHD)の子どもの理解を促す手法にも通じる部分が多い。したがって、今回の教材は単に視覚障害の分野のみならず、ADHDやLDの子どもたちにも理解しやすい教材につながることも十分に考えられる。
この教材の題材や、この教材のもつノウハウは多くの教材で共有できると考えられ、今後の教材開発への参考になると考えられる。
参考文献
研究協力者