音声ユーザのコンピュータ導入期の指導プログラムの開発

研究代表者 大財 誠

目次

音声ユーザのコンピュータ導入期の指導プログラムの開発

大財 誠 1)  氏間 智子 2)  豊田 秀三1)  松本 康治1)  森山 剛1) 平子 浩1)  和田 浩一1)  吉村 千秋1)  有馬 秀見1)

要約

 視覚を用いて画面を確認できない視覚障害児・者は画面読み上げソフトを利用することでパソコンの利用が可能である(「音声ユーザ」とする)。音声ユーザは、マウスを利用しないで、主としてキーボードによる入力操作と、画面のテキスト情報を読み上げさせることでパソコンを利用している。視覚を中心に開発されたユーザ・インタフェースの利用は困難である。そのため、一般に利用されている学習教材や操作マニュアルをそのまま利用することは難しい。また、音声ユーザに対するパソコンの指導法や教材・教具は充実しているとは言い難い。そこで、音声ユーザのパソコン導入期の指導に焦点を当て、指導内容・方法の検討や教材・教具の開発を行い、これらの有効性及び課題を明らかにすることを目的として研究を行った。

 指導プログラムや3Dの触覚教材を開発する前に、音声ユーザを対象にした実態調査を行い、音声ユーザがパソコンを学習する上で困難を感じた点や、パソコンを学習する上で役立った教材などを調査した。それに基づいた「指導の系列」を検討し系統的なパソコン指導の骨子を作り、指導プログラムと触覚教材を作成に取り掛かった。平素の授業で利用し一定の効果がみられたことから、より客観的な評価を行うために協力者やパソコンボランティアの協力を得て、チェックリストを併用した指導プログラムと3D教材による指導を行った。その結果、指導プログラムと触覚教材を併せた指導により確実に一人で行える項目が増えた。到達度の把握や指導展開がしやすいことなどが、本指導プログラムの有効性として挙げられるが、より適切な教材の検討などが今後の課題である。


1) 愛媛県立松山盲学校

2) 今治市立桜井小学校(前愛媛県立松山盲学校)

1.問題の所在と研究の目的

 画面を見ることのできない視覚障害者は、画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)で画面の情報を音声に変換させたり、点字ディスプレイを用いたりすることによって、パソコンを活用することができる。視覚障害は情報障害とも言われるが、インターネットを通じて様々な情報を得られることは視覚障害者にとって一層意義のあることである。また、普段は点字を読み書きしていても、ワープロソフトを使えば通常の学校に通う友達に墨字(晴眼者が用いる文字のことを指す)で手紙を書くことができ、CD-ROMやwebベースの辞書が扱えば100冊にも及ぶ点字の辞書を引かなくてもよくなる。このように、視覚障害者にとってパソコンは晴眼者以上に欠くことのできないものとなってきている。

 パソコンを活用するためには、操作するための知識や技術を学ぶ必要があるが、視覚障害者にとってはそれらの習得が容易でない。例えば、文字入力において、晴眼者はキーボードを見ながら慣れていくことが可能だが、視覚障害者はある程度キーボードに慣れてからでないと入力することが困難である。また、現在のGUI (Graphical User Interface) は視覚的な仮想世界で様々な操作が行われるが、その中で繰り広げられるフォルダの階層構造やメニューの展開などは、視覚による確認ができないためにその概念を理解することが難しい。一般的には、ある目的をもってパソコンを活用する中でその操作方法も習得していくという学習場面が想定されるが、以上のようなことから、視覚障害者の場合は操作方法の指導を別個に取り出して行うことも必要となる。

 しかし、マウスを利用しないでの操作や、画面情報の音声による入手など、特別な環境で操作することになるため、視覚障害者向けの指導法や教材・教具は充実しているとは言い難い。教材の工夫や指導の順序など、視覚障害によって生じる様々な困難を考慮して検討する必要がある。

 本研究は、画面読み上げソフトを用いてパソコンを使う視覚障害者(以下、「音声ユーザ」とする)のパソコン導入期の指導に焦点を当て、指導内容・方法の検討や教材・教具の開発を行い、これらの有効性及び課題を明らかにすることを目的とする。

2.研究の流れ

 研究の目的を達成するために、図1のような流れで研究を進める。

3.音声ユーザのコンピュータの学習環境・利用状況に関する調査

(1)調査の目的

 視覚障害者がパソコンの操作方法を習得する際の特徴や課題を分析し、教材の内容や製作方法、よりよい学習方法についての知見を整理することを目的とする。

(2)調査の実施

 既にwindowsパソコンを利用している音声ユーザに、Windowsパソコンを学習したときの状況や、現在のパソコンの利用状況について、以下の要領で質問紙法による全国調査を実施した。

調査対象:画面読み上げソフトを用いてWindowsパソコンを用いている視覚障害者とする。

調査期間:2003年9月から10月にかけて実施した。

調査方法:全国の盲学校・視覚障害者センター(計75施設)に調査を依頼し、質問紙を送付した。回答は点字あるいは代筆にて記入してもらったものを回収した。また、webページ、電子メールによる調査も実施し、先に挙げた施設に属さないユーザの調査も行った。メールの場合は回答を返信してもらい、webページの場合は回答をフォームに入力し送信してもらった。

調査内容:(1)プロフィール、(2)Windowsパソコンの学習環境、(3)Windowsパソコンの利用状況、の3つに分けることができる。(1)では、年齢、パソコンの使用年数などについて尋ねた。(2)では、パソコンを学習した頃のことを質問し、役に立った学習環境、ハードウェア面で困った点、役に立った教材・教具や指導法について尋ねた。(3)では、文字入力の方法、ショートカットキーやAltメニューの利用の仕方、現在一人でできる操作について尋ねた。

(3)調査結果及び考察

 268名から回答が寄せられた。その内、記入漏れなどを除き、260を有効回答数とした(内、質問紙206、メール11、web43)。年齢は36.3±13.8歳であった。

ア windowsの学習環境

 Windowsパソコンの学習の際に役立った学習環境について表1に示す。回答が多かったのは「友人・知人に教わった」であり、次いて「学校や大学などの教育機関で教わった」が多数を占めている。尋ねたいときに気楽に質問できる友人・知人の存在は重要と考えられる。なお、年齢別では19歳以下では「学校等」が最も多く、20歳代では「学校等」と「友人等」が同等で、30歳以上では「友人等」が顕著に多い。新学習指導要領で示された高校の教科「情報」の必修化や、パソコン・インターネットの学校での普及により、学校教育の中で近年パソコン指導が行われていることが調査結果に表れている。


イ 学習時ハードウェア面で困った点

 学習時にハードウェア面で困った点について表2に示す。各世代に共通して多かったのは「装置の配線」であった。その次には、19歳以下では「装置の名称」、20歳以上では「特殊キー」が続いている。指導の際には、装置の配線・名称、特殊キーなどについても系統的に扱うことが求められると考えられる。


ウ 役に立った教材・教具や指導法

 特に役に立った教材・教具や指導法について表3に示す。世代間の顕著な相違はみられなかった。「特にない」、「現実物を例にした説明」、「CDやソフトウェアの教材」の順であった。「特に無い」が最多だったことから、今後の我々の研究の重要さが伺える。「現実物を例にした説明」も高位であることから、例をふんだんに用いた教材開発が有効であることが伺える。「立体コピー等」の触察教材が下位であることから、未だ視覚障害者の情報教育において有効な触察教材が少ないことが伺える。


エ 入力方法

 パソコンを始めた当初と現在の文字入力の方法について図2に示す。学習当初では6点入力*を行う者が多いが、現在ではローマ字入力を行う者が多かった。入力方法の選択理由の変化(図3)からは、熟達するにつれて、平易性から汎用性を求めて文字入力の方法を移行させた傾向が伺える。

* キーボード上の6つのキーを用いて、点字タイプライタを打つ要領と同じように文字を入力する方法.

オ 操作方法

 ここでいう操作方法とは、ソフトを立ち上げたり機能を実行したりする際の方法であり、具体的には、ショートカットキーを用いる、Altキー・矢印キーを用いてメニューを選択するといった方法のことを指す。パソコンを始めた当初及び現在の操作方法について図4に示す。パソコンを始めた当初はAltキーを押してメニューを選ぶ方法が多いが、次第にショートカットキーの併用が増えていることが分かる。なお、操作方法を選んだ理由(図5)として、パソコンを始めた当初では確実性・平易性が多く挙げられているのに対し、現在では効率性が多く挙げられている。これは、熟達するにつれてショートカットキーの利用が増えることと関係があると考えられる。

カ 一人でできる操作について

 現在一人でできる操作について、対象者のWindowsパソコン使用年数別に表4に示した。

 使用年数1年以下の群に注目すると、A・Cについては達成率が比較的高く、これらの操作は1年以内に確実に定着させることが可能であると考えられる。一方、E・F・J・L・Mの5項目の達成率は著しく低い。機能の多いワープロソフトや表計算ソフトの操作の他に、フォルダやメニューの階層構造を理解して使いこなすことも高度な内容であることが分かる。また、I・Kなども導入期には一人で行うことが難しいが、操作技術の指導のみに傾倒することなく、パソコンを使う目的を重視して指導に当たることも必要であると考えられる。

 使用年数の推移に注目すると、1年以下では難しい操作であっても一人でできるようになるものが増えている。特にB・E・G・I・Jについては1年以下から3年以下の間で40ポイント以上の上昇が見られる。パソコンを利用する中で定着していくものと考えられるが、なるべく早い時期にこうした壁を越えることができるように、指導方法や教材・教具の開発を行うことも必要と思われる。

4.音声ユーザに対するパソコン導入期の指導プログラム試案と教材の作成

 前述の調査から、指導プログラムの作成に当たって有用な知見を整理する。

○Windowsの操作を学校で学ぶ機会は多いことや、役に立った教材や指導法は特にないとの回答が多いことから、指導プログラム開発の意義は大きい。

○指導法の質問項目の結果から、例示による説明が有効、触察教材が希少という現状が分かった。

○文字入力については、当初は平易性を重視し、学習者の実態から入力しやすい方法を選択することにより、抵抗なく学習に取り組めると思われる。徐々にローマ字入力などの汎用性のある方法を導入する必要があると考えられる。

○操作方法については、導入期はAltキーを押して矢印キーでメニューを選ぶ方法から指導し、徐々にショートカットキーを取り入れることが望ましいと考えられる。

○スタートメニューやAltメニューで特定のソフト・機能を起動・実行することは比較的早い時期に行えるようになる。

○メニューやフォルダの階層構造を行き来するなどは少し高度な内容となるので、指導目標の設定の仕方に留意する必要がある。また、特にこのような内容に対して、理解を促進するための教材・教具や指導法の開発が求められる。

 これらの点を踏まえて、指導プログラムと教材の作成に着手した。

(1) 指導プログラム試案の作成

 この指導プログラムは、音声ユーザがパソコンの基本的な操作を習得することを目的とする。

 扱う内容については、基本的な操作方法のみに限定し、

(1)パソコンを使う際に必ず必要となる操作
(2)比較的初期の段階で習得が可能となる操作
(3)実際にパソコンを用いる場面においての実践的な内容のうち、最低限必要と考えられる操作

の3つの観点から構成することとした。

 指導内容の系列については、アンケート調査の結果や、5年以上の音声ユーザ4名から聴取した意見を参考にして検討し、図6のように整理した。指導の系列は、6つの単元、32の指導項目で構成されている。各指導項目について行動目標を設定し、それらをまとめたものが表5である。

 どの指導項目から指導を開始するかについては、単元1から単元3までは順番に指導し、単元4から単元6までは適宜、児童生徒の状況に合わせて指導できるようにた。しかし、より実態に沿った指導を展開するために、表6のような実態把握用チェックリストを作成した。このチェックリストを用いて、各指導項目の行動目標と照らし合わせて児童生徒の評価を行うことにより、指導項目の選定が効果的にできると考えた。

 各々の指導項目について、指導内容を詳細に記した指導シートを作成した。指導シートの一例を表7・8に示す。各シートには、単元番号などの管理情報と、行動目標、指導内容、配慮事項、具体的な声掛け例、使用教材について記載されている。指導内容の欄については、その手順についてできるだけ具体的に記すなど、パソコンの指導経験の少ない指導者であっても利用しやすいようにした。配慮事項の欄については、視覚障害を補うための配慮、キーボード操作についての配慮、発展的な指導につなげるための配慮などを記し、視覚障害教育についての知識や経験が少ない指導者であっても活用しやすいようにした。

 文字入力の方法については、ローマ字入力の指導項目を設定した。音声ユーザの文字入力の方法としては、ローマ字入力、かな入力、6点入力、音声入力が考えられる。文字入力の方法の選択は、学習者の実態や環境などを総合的に考慮した上で検討することになるが、本指導プログラムでは、可能な限りローマ字入力を勧める立場を取った。その理由としては、アンケート結果の他に、ローマ字入力ができるとアルファベットや特殊記号の入力がしやすいこと、特別な入力方法を行うためのソフトを必要としないことなどが挙げられる。導入期に他の入力方法で文字入力を行う場合でも、将来的にはローマ字入力を行うようであれば、適切な時期にその指導を開始することが望ましいと考える。

 本指導プログラムには、ローマ字入力の練習の参考になるように「ローマ字指導用単語表」を添付した。表9はその一部である。ローマ字入力の学習で楽しいところの一つは、「a,i,u,e,o」の母音のキーの場所を覚えておけば、「k」のキーの場所を覚えると、書ける文字が5文字増え、「s」のキーの場所を覚えると、書ける文字がさらに5文字増える。よって、指導の場面では「ア行」だけで書ける単語を書く練習、「ア行」と「カ行」で書ける単語を書く練習を行うことが予想できる。しかし、いざ指導となるとそのような条件に合った単語を次々と想起できるとは限らない。そこで、「ア行」だけで書ける単語、「ア行」から「カ行」までで書ける単語といった具合に、「ア行」から「リャ行」までで書ける単語と26パターンの単語リストをまとめている。

(2) 教材の作成

 指導シートの作成と並行して3D造形装置を利用して触覚教材を作成した。例えば表7の指導シートでは画面の触覚教材を利用することになっている。画面全体の枠を書見台(チェンジングボード)でイメージし、その中で用いるアイコンなどの部品を3D造形装置で作成した。触覚教材ははじめアイコンに忠実なイメージや、文字に忠実なイメージを切削して作成していた。しかし、造形装置の解像度の都合で部品を小さくすると何を掘り出しているのかが分からなくなり、何を掘り出しているのか分かるまで切削面を広げると、部品が大きくなりすぎてしまってうまくいかなかった。そこで、アイコンなどの部品は図7に示したような抽象的なものを切削して利用することにした。これらの部品をウィンドウの画面に見立てた書見台に貼り付けて利用した(図8)。パソコンの音声を効きながら触覚教材を操作する中で画面のイメージと音声との対応ができるようになり、画面をイメージ化した触覚教材は音声ユーザのパソコン指導において有用であると思われた。

5.指導プログラム試案を用いての実践

 本指導プログラムと教材を本校の授業(情報・自立活動等)で利用した。また、校外でも、視覚障害者向けのパソコン講習会で利用した。ここでは、指導プログラムの有効性や課題についてより客観的な評価を行うために第三者であるパソコンボランティアにも指導に入ってもらい、モニターを依頼した視覚障害者に本指導プログラムと教材を適用した実践について報告する。

実施日・場所:2004年11月27日(土)、愛媛県総合社会福祉会館(愛媛県松山市持田町)

研究協力者:4名(パソコン使用歴1〜3年)

方法:パソコンの指導を行う事前に、実態把握用チェックリストを用いて32項目の習得状況について調査した。その結果から習得不十分な項目について本指導プログラムを適用し、その後再びチェックリストで調査を行った。パソコンの指導は本研究メンバーが行い、チェックリストによる事前と事後の調査は第3者のボランティアに依頼した。実施時間は3時間程度であった。

(1) 協力者1

 協力者1のチェックリストの結果を表10に示す。この協力者はコマンドの実行について課題が多く見られたため、その指導を行った。指導前は403から408の項目がCであったが、指導後は一人でできるようになり、それ以前の項目で指導前にBであった3項目についても指導後はAとなった。

 この事例では、メニューの階層構造についてある程度成果が見られたが、指導を段階的に進めたことが効果的であったと思われる。しかし、指導に多くの時間を要しており、決して容易にできる内容ではないため、今後も指導内容や教材について検討が必要である。

表10 協力者1のチェックリスト(指導前と後の比較)
1, 起動・終了指導前指導後
101 電源スイッチの場所の理解AA
102 電源の投入AA
103 システムの起動の確認BA
104 システム終了に必要な3つのキーの場所の理解AA
105 システム終了の手順の理解BA
106 システム終了の確認AA
2 スタートメニューの利用
201 キー(エンター、ウィンドウ)の場所の理解AA
202 スタートメニューの概要の理解AA
203 キーの基本的な動作の理解AA
204 メモ帳の起動AA
3 キーボード入力・漢字変換
301 カナ漢字変換モードと直接入力の切り替えBA
302 ローマ字入力「ア行」AA
303 ローマ字入力「カ行」から「パ行」AA
304 促音(っ)の入力AA
305 拗音(ゃ、ゅ、ょ)の入力AA
306 漢字の変換AA
4 メニューからのコマンドの実行
401 アプリケーションソフトのコマンド(命令)実行のためのメニューの存在の理解AA
402 altキーを押してメニューを開くAA
403 左右矢印キーでのトップメニューの移動CA
404 サブメニューを開いて、上下矢印キーでのメニューの移動CA
405 サブメニューのコマンドを選択して実行CA
406 サブメニューのアクティブと非アクティブのコマンドの存在の理解CA
407 トップメニューとサブメニューの行き来するCA
408 コピー、貼り付け、切り取り、全て選択、右端で折り返す、終了などのコマンドの実行CC
5 カレット操作
501 1行の音声読み上げ文字とカレットの関係の理解CC
502 削除(デリートキー)の操作と挿入CC
503 改行の挿入CC
504 複数行の音声読み上げと文字とカレットの関係の理解CC
505 範囲選択とコピー、切り取り、貼り付けの操作CC
6 コマンドウィンドウ内の操作
601 メモ帳のコマンド「フォント」を開くCC
602 コマンドウィンドウ内の要素間の移動CC
603 各要素の値の変更CC

(A:目標とする行動が完全に一人でできる、B:目標とする行動がほぼ一人でできる(助言があればできる)、C:目標とする行動ができるためには多くの助言や時間を要する)

(2) 協力者2

 協力者2のチェックリストの結果を表11に示す。協力者2はチェックリストに挙げられている項目はほぼ一人でできる状態であった。しかし、「408 コピー、貼り付け、切り取り、全て選択、右端で折り返す、終了などのコマンドの実行」、「505 範囲選択とコピー、切り取り、貼り付けの操作」などの項目がBであったので、そ の指導から実施した。指導前にBであった項目は指導後には全てAになっており、範囲指定などの操作を指導する場合に参考となる事例であった。

 音声ユーザが、カレットを矢印キーで移動したり、シフトキーを押しながらカレットを移動して範囲指定をしたり、範囲指定をした後何らかのコマンドを実行したりといった一連の操作については、経験を積み重ねる必要がある。しかし、画面のイメージが十分に備わっていると行いやすい操作でもある。そこで、図9に示す点字を利用した教材を利用して現在カレットがある部分や範囲指定した部分を触覚的に明らかにさせながら指導を行った。点字のマークに使った部品は3D造形装置で作成したものである。このような小物を作成できるのもこの装置の優れたところであった。

表11 協力者2のチェックリスト(指導前と後の比較)
1, 起動・終了指導前指導後
101 電源スイッチの場所の理解AA
102 電源の投入AA
103 システムの起動の確認AA
104 システム終了に必要な3つのキーの場所の理解AA
105 システム終了の手順の理解AA
106 システム終了の確認AA
2 スタートメニューの利用
201 キー(エンター、ウィンドウ)の場所の理解AA
202 スタートメニューの概要の理解AA
203 キーの基本的な動作の理解AA
204 メモ帳の起動AA
3 キーボード入力・漢字変換
301 カナ漢字変換モードと直接入力の切り替えAA
302 ローマ字入力「ア行」AA
303 ローマ字入力「カ行」から「パ行」AA
304 促音(っ)の入力AA
305 拗音(ゃ、ゅ、ょ)の入力AA
306 漢字の変換AA
4 メニューからのコマンドの実行
401 アプリケーションソフトのコマンド(命令)実行のためのメニューの存在の理解AA
402 altキーを押してメニューを開くAA
403 左右矢印キーでのトップメニューの移動AA
404 サブメニューを開いて、上下矢印キーでのメニューの移動AA
405 サブメニューのコマンドを選択して実行AA
406 サブメニューのアクティブと非アクティブのコマンドの存在の理解AA
407 トップメニューとサブメニューの行き来するAA
408 コピー、貼り付け、切り取り、全て選択、右端で折り返す、終了などのコマンドの実行BA
5 カレット操作
501 1行の音声読み上げ文字とカレットの関係の理解AA
502 削除(デリートキー)の操作と挿入AA
503 改行の挿入AA
504 複数行の音声読み上げと文字とカレットの関係の理解AA
505 範囲選択とコピー、切り取り、貼り付けの操作BA
6 コマンドウィンドウ内の操作
601 メモ帳のコマンド「フォント」を開くBA
602 コマンドウィンドウ内の要素間の移動BA
603 各要素の値の変更BA

(A:目標とする行動が完全に一人でできる、B:目標とする行動がほぼ一人でできる(助言があればできる)、C:目標とする行動ができるためには多くの助言や時間を要する)

(3) 協力者3

 協力者3のチェックリストを表12に示す。協力者3については、指導前のチェックリストで3項目のみがBであった。ある程度パソコン操作に慣れてきている学習者であっても、チェックリストを用いることによってきめ細かい指導に結びついた事例である。

 「403 左右矢印キーでのトップメニューの移動」については、図8の教材を利用して、音声ソフトが読み上げているメニューと触覚教材のメニューとを対応させながら指導を行い、当該項目の指導を終えた。

 「406 サブメニューのアクティブと非アクティブのコマンドの存在の理解」に対しては、実際にパソコンの音声の高低を確認した後、音程の低いコマンドが非アクティブコマンドであり、音程が普通のコマンドがアクティブコマンドであることを教示した。その後、実際にアクティブコマンドと非アクティブコマンドのところでエンターキーを押して、アクティブコマンドではコマンドが実行されるが、非アクティブコマンドでは実行されないことを確認して当該項目の指導を終えた。

 「601 メモ帳のコマンド「フォント」を開く」に対しては、メモ帳には、どんなトップメニューとサブメニューがあるのかを協力者3自身に探してもらうことから始めた。この時403で指導した内容を生かすことができ指導プログラムの系統性が指示された事例であった。トップメニューとサブメニューの概要が分かったところで、「『フォント』というコマンドがどのトップメニューにありますか?」などとクイズのようなやりとりを交えながらメニューの操作に慣れてもらった。このような一連の指導の中で、覚えていない、または忘れたコマンドについても、自分の力で探し出して利用することができることを学んでもらった。メモ帳の後はワードやエクセルなどを利用して、同様のクイズ形式のやりとりを行い、Windowsの多くのソフトではメニューの構造やコマンドの種類が似ていることを体験してもらった。本指導プログラムの活用により、発展的、応用的内容への指導にもつなげることができたと思われる。

表12 協力者3のチェックリスト(指導前と後の比較)
1, 起動・終了指導前指導後
101 電源スイッチの場所の理解AA
102 電源の投入AA
103 システムの起動の確認AA
104 システム終了に必要な3つのキーの場所の理解AA
105 システム終了の手順の理解AA
106 システム終了の確認AA
2 スタートメニューの利用
201 キー(エンター、ウィンドウ)の場所の理解AA
202 スタートメニューの概要の理解AA
203 キーの基本的な動作の理解AA
204 メモ帳の起動AA
3 キーボード入力・漢字変換
301 カナ漢字変換モードと直接入力の切り替えAA
302 ローマ字入力「ア行」AA
303 ローマ字入力「カ行」から「パ行」AA
304 促音(っ)の入力AA
305 拗音(ゃ、ゅ、ょ)の入力AA
306 漢字の変換AA
4 メニューからのコマンドの実行
401 アプリケーションソフトのコマンド(命令)実行のためのメニューの存在の理解AA
402 altキーを押してメニューを開くAA
403 左右矢印キーでのトップメニューの移動BA
404 サブメニューを開いて、上下矢印キーでのメニューの移動AA
405 サブメニューのコマンドを選択して実行AA
406 サブメニューのアクティブと非アクティブのコマンドの存在の理解BA
407 トップメニューとサブメニューの行き来するAA
408 コピー、貼り付け、切り取り、全て選択、右端で折り返す、終了などのコマンドの実行AA
5 カレット操作
501 1行の音声読み上げ文字とカレットの関係の理解AA
502 削除(デリートキー)の操作と挿入AA
503 改行の挿入AA
504 複数行の音声読み上げと文字とカレットの関係の理解AA
505 範囲選択とコピー、切り取り、貼り付けの操作AA
6 コマンドウィンドウ内の操作
601 メモ帳のコマンド「フォント」を開くBA
602 コマンドウィンドウ内の要素間の移動AA
603 各要素の値の変更AA

(A:目標とする行動が完全に一人でできる、B:目標とする行動がほぼ一人でできる(助言があればできる)、C:目標とする行動ができるためには多くの助言や時間を要する)

(4) 協力者4

 協力者4のチェックリストを表13に示す。協力者4ははじめ6点入力でパソコンの操作を行っていたが、徐々にローマ字入力に移行しようとしており、集中的にローマ字入力の練習を行った事例である。

 ローマ字入力に移行する理由を尋ねてみると、「友達のパソコンでも操作できるようになりたい」「URLやメールアドレスなどの入力に便利」というような汎用性を挙げていた。これは、アンケートの結果を支持するものであった。

 協力者4はローマ字指導用単語表を利用してキーの場所を覚えることと、ローマ字の成り立ちを覚えることの2つの指導内容に取り組んだ。はじめて「サ行」あたりまではキーの場所を覚えるのが大変で楽しむ余裕はなかったようだが、1時間ほどすると、書けるようになった単語を組み合わせて文を作成したり、単語リストに載っていない単語を書いたりなど、楽しんで学習ができていた。

 習得した文字で文章を書く中で、点字独特の表記**と墨字の表記の違いに遭遇した。本指導プログラムではそのような内容にも対応した指導展開ができたので、墨字に不慣れな音声ユーザに対して効率的に指導を進めることができた。

**例えば、助詞の「は」を点字では「わ」と表記する(ぼくは→ぼくわ)、長音の場合の「う」を点字では長音記号で表記する(そうじ→そーじ)などがある.

表13 協力者4のチェックリスト(指導前と後の比較)
1, 起動・終了指導前指導後
101 電源スイッチの場所の理解AA
102 電源の投入AA
103 システムの起動の確認BA
104 システム終了に必要な3つのキーの場所の理解AA
105 システム終了の手順の理解BB
106 システム終了の確認BB
2 スタートメニューの利用
201 キー(エンター、ウィンドウ)の場所の理解AA
202 スタートメニューの概要の理解AA
203 キーの基本的な動作の理解AA
204 メモ帳の起動AA
3 キーボード入力・漢字変換
301 カナ漢字変換モードと直接入力の切り替えAA
302 ローマ字入力「ア行」AA
303 ローマ字入力「カ行」から「パ行」BB
304 促音(っ)の入力BB
305 拗音(ゃ、ゅ、ょ)の入力BA
306 漢字の変換BA
4 メニューからのコマンドの実行
401 アプリケーションソフトのコマンド(命令)実行のためのメニューの存在の理解BB
402 altキーを押してメニューを開くAA
403 左右矢印キーでのトップメニューの移動BB
404 サブメニューを開いて、上下矢印キーでのメニューの移動BB
405 サブメニューのコマンドを選択して実行CB
406 サブメニューのアクティブと非アクティブのコマンドの存在の理解CB
407 トップメニューとサブメニューの行き来するCB
408 コピー、貼り付け、切り取り、全て選択、右端で折り返す、終了などのコマンドの実行CB
5 カレット操作
501 1行の音声読み上げ文字とカレットの関係の理解AA
502 削除(デリートキー)の操作と挿入BB
503 改行の挿入BA
504 複数行の音声読み上げと文字とカレットの関係の理解CB
505 範囲選択とコピー、切り取り、貼り付けの操作CB
6 コマンドウィンドウ内の操作
601 メモ帳のコマンド「フォント」を開くCB
602 コマンドウィンドウ内の要素間の移動CB
603 各要素の値の変更CB

(A:目標とする行動が完全に一人でできる、B:目標とする行動がほぼ一人でできる(助言があればできる)、C:目標とする行動ができるためには多くの助言や時間を要する)

(5) まとめ

 協力者を募って指導プログラムと触覚教材の試用と評価を行った。協力者それぞれにパソコン操作の到達度が違い、また今に至る背景も違っていた。この状況の中で本プログラムを試用して評価したが、どのケースにおいてもプログラムが有効に活用され、指導の結果も現れていたと思われる。この要因について以下にまとめる。

1.指導の系列の設定:アンケート結果に基づいて、音声ユーザに指導の系列を作成してもらった。指導プログラムはそれに沿って作成された。この流れの中で作成することにより、指導の系統性が維持できたと思われる。

2.指導プログラムのユニット化:指導プログラムは指導項目ごとに指導内容をユニット式に作成した。各指導項目シートには管理情報と、行動目標、指導内容、配慮事項、具体的な声掛け例、使用教材の項目の(内容を示した。このような作りにすることで指導プログラムをどこから初めても、指導者は無理なく指導に入ることができたと思われる。

3.チェックリストの活用:指導前に指導項目を元にしたチェックリストを活用して指導前の学習者の状態を把握した。この結果を元に指導プログラムに入った。未達成の指導項目から系統的に指導を始めた協力者1のようなタイプや、未達成項目がまばらになっているため、指導をオンデマンド式に行った協力者3,4などのタイプがあったが、どちらのタイプであっても、チェックリストを活用することでより効果的な指導になったと思われる。また、本指導プログラムがユニット式になっていることは、このチェックリストの結果を指導に直結しやすいと思われる。

4.触覚教材:指導プログラムの各指導項目内には、その指導で利用する教材を示している。例えば音声を録音した教材や触覚教材がそれに当たる。本実践では3D造形装置を利用して切削した部品と書見台を組み合わせた教材を利用することで、Windows画面のイメージの形成にいくらか貢献し、音声ソフトが発声する内容とキー操作の関連性の学習に役だったと思われる。特に協力者3のカレット移動と範囲指定の学習でその効果が発揮された。

 今後の課題としては、指導時間が掛かる項目も見られたことから、より適切な指導内容や教材の検討が挙げられる。特に教材の作成については、時間と労力が掛かるが指導に有効であることを認識し、積極的に取り組むことが必要である。

6.おわりに

 視覚イメージを大切にして開発されているWindowsが世の中で普及し、視覚障害者においても同OSを備えたパソコンを使わざるを得ない世の中になっている。そんな中、視覚イメージを十分に利用して操作できない視覚障害者にとって、パソコンの学習は困難な内容の一つであった。しかし、これまで音声ユーザに対するパソコンの指導を系統的に扱った実践や研究はあまり見られなかったことが、本研究に着手した理由である。本実践はこれまで曖昧にされていた音声ユーザのパソコン指導に新たな提案をしたものと思われる。今後もこのプログラムを発展させ、さらに利用しやすい指導プログラムと教材開発に励んでいきたい。

 本研究を進めるにあたり、東京女子大学現代文化学部コミュニケーション学科の小田浩一先生には様々な面でお世話になり、ご支援をいただきました。記して感謝申し上げます。

実施場所

・愛媛県立松山盲学校(愛媛県松山市久万ノ台)

・愛媛県総合社会福祉会館(愛媛県松山市持田町)

研究協力者

・田中恵津子(杏林大学附属病院、実験助手)

・西脇ゆき(杏林大学竭ョ病院、視能訓練士)

・愛媛県パソコンボランティア

・愛媛県立松山盲学校教職員