6.実践から見える生徒の新しい力の事例

これらの実践の中で、ある生徒が、保護者の契約しているプロバイダーのサービスを利用して個人のホームページを開設し、無料のパスワード設定付きのBBSをリンクさせて、生徒同士の連絡及び情報交換の場を作った。ホーリークロス校から急な変更等のメールが来た場合、一斉にメンバーに伝えるために作ったと言うことである。生徒達は、ほとんど毎日自宅のパソコンを開き、メールと、このBBSのチェックをしているらしい。このように、今や生徒達が学習を進める上で必要に応じて、家庭でも当たり前のようにコンピュータを使い、これまでになかった情報交換の環境を作っている。また、このBBSは、画像の解像度を下げる方法等の質問や、それに対する答えを書き込むなど、メンバー全員のスキルアップの場としても活用されている。

7.実践における生徒の変容と考察

「ドラマ科」の授業を通して、本校の生徒たちは表情表現について興味を持ち、ホーリークロス校の生徒との相互啓発により、演じることは自分が別の人になっているのであり、演技が終われば元の自分に戻るのだということを実感した。つまり恥ずかしがらずに表現することを、自分が他者になりきることにより体験できたのである。これは自分自身を表現することの疑似体験でもある。その過程において物事の関係の必然性に気づく力も育ってきた。このことは一つの事象を多面的に分析できる力に結びつき、他者を理解する上での大きな力となるはずである。また、他者の人格を演じる際に他者の内面を想定し、表現した経験は、自分を表現する際、自分の何を相手に伝えたいか、どのようにすれば伝わるかを明確にできる力につながってくる。この力は、メディアを使って情報を発信する際にも必要な力で、まさに情報の科学的な理解を伴った、情報活用の実践力と大きく関わってくる力である。

 以下に、3つの実践事例ごとに、本校生徒がワーキングシート中の「国際共同学習で新たに気づいたこと」という欄へ書き込んだ生徒の変容が窺える内容から、ホーリークロス校と国際共同授業でめざす力と、情報教育でめざす能力・態度との関わりが見える例を示す。

<「いじめ」を取り上げた共同学習のワーキングクシートより>

(1)外国の人に意志を伝える際に日本語でしっかり考えておくことの大切さを学んだ。

(2)自己紹介カードを作成することで、自己を振り返ることができた。

(3)相手の思いを想像するには先ず自分に置き換えることだと思った。

(4)相手の国のコンピュータや周辺機器の規格を知ることの大切さを学んだ。

(5)いろんな人と関わることで自分の視野が広くなることを実感した。

(6)メールを書くときは「人の振り見て我が振り直せ」が大切だなと思った。

(7)イギリス式の、褒めるだけの評価で勉強がしてみたい。

(8)メディアのおかげでイギリスと交流ができることに感激した。

(9)伝える内容によってはコンピュータを使わない方が良い場合があった。

<「ジェンダー」をテーマとする創作ドラマのワーキングクシートより>

(1)メディアの特性を理解していなければ効果的な情報交換ができない。

(2)不測の事態に臨機応変に対応できるようになっておかなければならないと思った。

(3)VHSのビデオテープは世界共通だと思っていた。(パルの存在を知った。)

(4)自己紹介カードにペーストするデジカメの写真に友達が写っているとき、了解をもらうことの意味がわかった。

(5)ワープロソフト上で自己紹介の写真を小さくしても、ファイルの大きさは変わらないことを知った。
(メールで送ってしまってから……)。

(6)テレビの画面をビデオカメラで撮る時、画面に線が映らないようにするシャッター速度の設定を知った。

(7)相手を納得させることができるかどうかは、プレゼンテーションの上手下手で決まると思った。

(8)メールは用件のみでは味気ない。相手への感謝の一文が必要だ。

(9)ビデオを編集するためには、撮影の時に編集のことを考えておかなければ、編集する時に大変な目に遭う。
(使える場所を探すのに時間がかかる。)

(10)ビデオカメラに付いているマイクでは離れた場所の声が入らないことを実感した。

<「かさ地蔵」によるキャラクター作りのワークシートより>

(1)翻訳ソフトを使ったが、細かいニュアンスは辞書の例文の方が信頼できる。

(2)伝えたいことをイメージできる画像を添付すれば英語の説明が簡単ですむ。

(3)イギリスで実況中継されるということでセリフをもう一度チェックしなおした。

(4)ホーリークロスの生徒は大変親切だ、テレビ会議でこちらが言っている英語を必死で聞こうとしてくれている。
 テレビ会議だから身振り手振りや表情表現で伝わる部分もある。

(5)英語のメールの内容で、意味が伝わらないところは、とことん解明しておくべきだった。

(6)こちらの様子がホーリークロス側でどのように見えているかが分かったので、こちらからも池田ではホーリー
 クロスからの画像がどのように見えているかを知らせよう。

(7)テレビ会議では、こちらで作った小道具や衣装について説明する時間がなかったので、メールで説明した方が
 親切だと思う。

(8)ロンドンの大きなイベントに参加できて、ドラマの授業が国際的だと実感した。

以上の生徒の気づきと、情報教育で育てる3つの能力・態度の関係を[表5]のようにまとめてみた。

[表5]生徒の共同学習における気づきと情報教育の目標との関係

情報活用の実践力

情報の科学的な理解

情報社会に参画する態度

(1)社会問題「いじめ」を
  テーマとする共同学習

(1) (2) (3) (4) (5) (6) (8)(9) (3) (4) (7) (1) (6) (8) (9)

(2)社会問題「ジェンダ
  ー」をテーマとする創作
  ドラマ

(2) (7) (8) (1) (2) (3) (5) (6) (7) (9)
(10)
(4) (5) (8)

(3)キャラクター作りを
 題材とした共同授業
「かさ地蔵」

(2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

 ここでは、それぞれの実践において、国際共同学習における生徒の学習活動が、学習内容によって多少の偏りは見られるが、情報教育で育成すべき3つの能力・態度の全てに関わっていることが生徒の気づきから見ることができる。以下に関わり方が特に顕著なものについて3つの能力・態度ごとに記す。

 「情報活用の実践力」では、(1)の(1) (2) (5) 、(2)の(7) (8)、(3)の(6) (7) (8)に顕著に見られるように、
 自己啓発や相手の立場を考える内容になっており、関わった情報を基に自分の成長に気づいたり、相手の立場を理解しよ うとする様子が窺える。

 「情報の科学的な理解」では、(1)の(4) (9)、(2)の(1) (5) (6) (9) (10)、(3)の(1)に顕著に見られるよう  に、身の回りにある様々な情報機器を実際に使ってみて、その特性を情報活用の効果の視点で理解し、適切な活用方法を 発見していこうとする姿勢が窺える。

 「情報社会に参画する態度」では、(1)の(3) (6)、(2)の(4) (8)、(3)の(3) (5)に顕著に見られるように、自分 が関わる情報に対して、相手となる人に対して自分の責任について考える態度が育っていることが窺える。


8.実践における教師の変容とまとめ

 自分自身、生徒が積極的に取り組める授業とは、「学習内容に興味が持て、次の課題を自分で見つけることができる授業」と信じていた。この「ドラマ科」の授業を実践していく中で、「学んだことが実生活の中で生かされる授業」「不可能と思っていたことが可能になる場面に遭遇する授業」「社会の一員として社会のシステムに参加できる授業」の3項目を増やすことができた。このことは専門である教科の日頃の授業を見直す要因にもなった。生徒と一緒にドラマを演じ、メディアを用いた姉妹校との共同学習を行う中で、自分自身の表現力や評価観、メディアに対する意識を見つめ直す機会が持てたと思う。具体的には、相手にどう働きかけるための表現なのか、加点法による評価が生徒に何を与えるのか、自分自身が情報教育の目標が身に付いているかなどである。メディアに関しては情報量の急激な増加にどこまでついていくかを考えることが大切だと思った。ついていくことに勢力を取られ「何をしたいのか」を見失わないようにしたいと思った。
 本校ではメディアを活用することにより、イギリスの姉妹校との共同学習を取り入れた「ドラマ科」の授業が実践できた。紹介した事例は3年間の実践の一部分ではあるが、その中で生徒たちはメディアを活用して、当たり前のようにホーリークロス校の生徒や先生と情報交換を行っている。また、コンピュータを初めとする機器の活用についても、すぐに使い方に慣れ、特性を発見し、新しい表現を作り出している。当初は、今後の社会においては情報教育が不可欠になってきていることを実感し始めており、情報教育に対して、かなり構えて取り組んでいた。しかしこれらの実践を通して、情報教育は、教科の学習を目標に向かって進めると、自然に関わってくるものだと考えるようになった。つまり、既存の教科のめざす学力と情報教育がめざす能力・態度が、どの教科においても、相互に高まりあっていく時代になってきたのではないだろうか。
 今回の研究実践を通して、生徒たちに自分が本当に伝えたいことを明確にし、受け手の状況に応じた表現を工夫することを学ばせることの大切さを実感した。生徒の多様な活動の中で発揮されたさまざまな力の中で、自分自身がまだ発見できていない力を見つけだすことも自分の課題である。今後もコンピュータや情報通信ネットワークを始めとするさまざまな機器やシステムを活用し、これまでできなかった授業を作っていきたい。