家庭科のレポート「我が家の自慢料理」をまとめるのに、中学2年生の生徒がスタンドアローンで設置していたコンピュータを使って、表計算ソフトで処理したデータをグラフ化する作業に夢中で取り組んでいた姿をみて、本プロジェクトのスタートが切られた、といっても過言ではない。
1992年4月に開校した慶應義塾湘南藤沢中・高等部は、生徒の個性の伸長を継続的、発展的に図ることを目指す新しい学校として、中学校と高等学校を統合した六年間一貫教育を行っている。21世紀に国際的な場で活躍するために不可欠なものとして、語学教育と情報教育に力を注ぎ、変革の時代に対応して、個性を伸ばす新しい教育を目指すカリキュラムを工夫している。学校での学びを通して生徒一人一人が、「意思決定」のプロセスと「結果責任」の重要性を正しく認識し、仲間と協調しながら、情操豊かで・創造力に富み・思いやりが深く・広い視野に立って物事を判断し・社会に貢献するために積極的に行動する教養人へと成長することを期待している。
校内のコンピュータ利用環境はこの10年で大きく変わった。スタンドアローン利用から教室内LANの構築、インターネット接続、構内LANのインフラ整備を経て、今では、日々の学習活動にコンピュータネットワークは欠くことのできない存在となっている。スタンドアローン利用・教室内LANの時期から、ハイパーカード形式のプレゼンテーション作成用ソフトウェアで、「旅に出よう」「世界国尽」「東海道五十三次」といったトピックスを取り上げて作品を制作し発表会を開いていたが、インターネット利用環境が整備されると、コンピュータの利用形態は大きく変化していった。現在では何か調べる時には、Webページを検索することから始めることが多いが、開校当初は資料の大半を図書に求めていたのである。インターネット接続を実現した1994年当時、教材として使える日本語のWebページは数えるほどしかなく、大半は英語で記述されたページであった。熱心な英語科の教員はいち早く教材をWebページに求め、「模擬国連」というプロジェクト学習の中で各国の代表として意見をまとめる作業を生徒に挑戦させていた。発表資料を作成し、発表原稿を何度も繰り返し読み上げて練習する生徒の姿は実にイキイキとしていたのを覚えている。
恵まれたネットワーク環境の中で、中等教育段階にあたる本校での6年間に身に付けてもらいたい能力を、どのような情報教育カリキュラムで実現するかは、まったくの暗中模索であった。学校での電子メール利用の例はまだ少なく、相手は海外に求めなければならなかった時期である。コンピュータの教育利用はまさに黎明期であった。何をやっても新しい試みとして評価される時期ではあったが、コンピュータやネットワークを使って何を実現したいのか先の展望が開けているわけではなかった。プレゼンテーション能力とコミュニケーション能力を伸ばすことのできる教材に魅力を感じるようになったのはここ数年のことである。小学校の教員経験と中学・高校での社会科教員としての経験が、身近なトピックスを取り上げ、参加型のプロジェクトを構築するのに役立ったのだと思う。写真を貼り、栄養計算をグラフにまとめ、レポートにする「我が家の自慢料理」のアイデアはぴったりであった。
プレゼンテーション作品を制作する作業と、作品を閲覧したり発表したりする活動に、英語版のプレゼンテーション作品の制作が加わり、データベースの活用が学習内容に入ってきた。栄養計算にも挑戦させることにした。写真の取り込みもスキャナーで行い、画像処理の基本も学ぶ機会にもつながった。学習活動は楽しく、内容は自然と深まりを見せていた。慶應義塾の初等教育段階の学校である幼稚舎でも同様の取り組みを始め、作品をWeb上で閲覧できるようにしたことをきっかけに、早稲田聖心・立命館と「我が家の自慢料理コンテスト」のプランが練られていった。本報告は、学校間交流プロジェクトの実現に向けての航跡をたどり、これから学校間交流をはじめとするインターネット教育利用を積極的に展開するマイル・ストーンのひとつとしてまとめる。まだまだ、発展していくプロジェクトである。全国規模で展開し、国際交流の場にもつなげていきたい。