一般財団法人上月財団
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第7回上月情報教育賞研究発表大会特別講演


「情報教育と総合的な学習の時間」

岡本敏雄

電気通信大学教授

 1. はじめに

 平成15年度に向けて、新しい教育課程が示され、それに対応して様々な活動が展開されています。特に情報化を受けて、学校の情報化インフラの整備と教育カリキュラムの情報化は大きな教育の変革を意味します。すなわち授業または学習のための手段としての情報教育のみならず、教育目標としての情報教育に大きな意味を見出せるからです。情報教育は、その性質上、児童・生徒の能動的な学習活動を必要とします。それゆえ、必然的に、現実社会の中に内在している様々な問題を認識・把握し、それをどのように解決していくかという総合的な学習形態になります。それゆえ、情報教育と総合的な学習との関係は切っても切れないわけであります。ここでは、まず最初に、総合的な学習とは、どのようなものであるかを文部省教育課程審議会の答申を解釈し、さらに情報教育との関係を検討したいと思います。

 2. 総合的な学習の時間とは何か

 ここでいう総合的という意味は、特定の教育的専門用語を意味するものではなく、極めて一般的な概念であると思います。それゆえその捉え方は、多種多様であるでしょう。教育課程審議会の答申文から、特徴的内容を拾ってみると、次のような項目を挙げることができます。
(1) 横断的・総合的
(2) 課題発見的
(3) 自主的、主体的
(4) 情報探索、収集、調査分析、問題解決
(5) 発表、報告
(6) 創造的態度、
(7) 自己の生き方の自覚です。

また、対象となる学習分野は、
(1) 国際理解、
(2) 情報
(3) 環境
(4) 福祉・健康
(5) その他

が挙げられています。最も、その他に意味のある分野がたくさんあると思いますので、多いに開拓すべきでしょう。
 このような内容の総合的な学習の時間における学習活動として、自然体験、ボランティアなどの社会体験、観察・実験、見学・調査、発表・討論、物つくり、生産活動など、学校での教室の一斉授業とは異なった、能動的な学習活動が求められます。それゆえ教師も、従来の授業実践という捉え方ではなく、様々な工夫が求められます。例えば、グループ活動の構成や形態、外部または地域社会の人々との協力体制、異なる教科の教師との協力体制、地域社会での行事などへの参画、弾力的な運用・実施等です。
 このようなことを考えていくと、総合的な学習の時間というのは、何やら教育の原点に戻った、人間的なもの、そして生活の知恵、社会的マナー、具体的な行動といった内容をいかに実践していくかという時間と場が与えられたということができます。

 3. 教師からの疑問

 しかしながら、現場教師からいくつかのシリアスな疑問も投げかけられます。今まで、教える内容、すなわち学習指導要領で規定された様々な事柄、教科書、参考書などに基づいて、主に知識の伝達を中心に置いていた授業の形態に慣れ親しんできた教師にとって、途方にくれるわけです。それ自体を批判するわけにはいきませんが、そこから起こる問題、すなわち、組織的な取り組みは?、知の総合化といった格好良い言葉の裏側にある学力の保証、その前提となる知識の形成は?、ゴールが見えない?、ごっこ遊びでは?、文章も書けないのに、新聞書けとは?、生きる力の育成、何を言っているのだろうか?、学校差があるよ?、進学・受験はどうするの?、等などです。このようなことに時間を費やすのは、問題であるよ、という意見です。それでなくとも、基礎学力の低下、理数系嫌いが起こり、科学・技術立国の日本が余計にダメになるよといった意見です。さらに総合的な学習といっても、全ての児童・生徒が主体的に活動するとは思えないし、むしろ、追従的、何となくのおおざっぱな経験と理解は、教育的な価値をもたらしはしないであろうという意見です。昨今の大学生の学力の低さ、幼稚さ、モラル・マナーの低さをより助長するだけではないかといった懸念です。
 このような問題、疑問をどのように解決できるのでしょうか。私は、逆にこれらの問題を解決していくための時間が教師に与えられたのであろうという解釈をしたいと思います。

 4. インターネットと総合的な学習

 次に、インターネットと総合的な学習とのつながりを考えてみたいと思います。インターネットの教育利用において、いくつかの視点があります。一つの見方は、1)教授手段としてのインターネット利用(情報技術・メディアも含む)、2)学習手段としてのもの(さらにこれは、教科の学習目標を達成するための利活用と一般的な問題解決や自己表現・コミュニケーション・創造的な活動のためのの手段に分けることができる)、3)情報技術そのものについての科学的理解、そして最後に、4)情報化社会における社会的、経済的、倫理的認識・理解に関することです。このような視点を踏まえて、インターネットの共同利用、総合的な学習での利用のあり方を議論することができます。
 今までのところ、インターネットの利用形態としては、次のような内容に整理・分類することができます。

1.共同調べ学習(地域データベースの作成と共同利用)
2.ネットワーク会議
3.共同制作
4.ネットワーク・コンテスト
5.Web−電子教材の共同作成
6.ネットワーク・ゼミ
7.遠隔操作
8.テレ・ティーチング


これらは、利用の形態ですが、問題は何をするかです。次に、総合的な学習で求められる学習観といったことを私なりに整理しておきたいと思います。


5. Post Modern Ageにおける新しい学習観

21世紀に向けたポストモダン時代における新しい学習観とはどのようなものでしょうか。コンピュータを道具として扱い、ネットワーク環境を前提とした教育・学習環境では、以下のような学習形態が出現してくるでしょう。

1.社会的活動に参画するためのグループ活動と協調学習
2.探究的な実験学習によるデータ、情報の評価と共有
3.洞察力を重視した問題の認識・発見と、質問と教示による学習
4.相互対話による知識の組織化・洗練化・概念化


 インターネット世界の学習は、学習者が教授者から知識を伝達されるような受身的なプロセスではなく、必然的に 学習者自身が問題を発見し、構成し、目的に応じて情報を活用するプロセスと捉える必要があります。そこでの学習の成果を、単なる知識量の増減のみで定量的に測定することは誤りでしょう。また、それらの活動を行う能力・スキルを育成するための授業の形態も再考する必要があります。
 学習活動は、個人の内的活動のみならず、他者や外的世界との相互作用であると捉えることができます。学習者自身の振舞いによって彼らを取り巻く環境が変化し、その変化をフィードバック情報として学習者は自身の振舞いの評価を行うでしょう。これからは、学習環境のありかた、外的世界との相互作用を通じた知識の獲得・洗練、さらに自己の思考過程や他者の立場を認識するようなモニタリング能力の育成が求められましょう。 個人が仮説をたて、それを検証していくような活動が中心となるであろうと思います。
図1にインターネット環境を利用した情報教育に関わる学習モデルを示します。重要なことは、問題認識から出発することにあります。そこでは、学習者自身の目的や問題解決における仮説の組み立てを伴います。そのために必要なデータの収集、そして調査・分析活動を通して、計画・設計という活動が生じます。この過程では、モデリングやシミュレーションという概念や考え方、さらに具体的なツールを通じて得られる解決案を導出する活動が期待されます。 そして制作や実施(具体的な問題解決行動)を図り、解決案の適切性を評価する活動が続きます。 そこに何らかの意義を見出すことができるならば、発表や報告書作成を通して他者に伝えたり、知見のデータベース化を行うという流れです。 それぞれの活動過程において、データベース化による知識の共有や再利用と協調活動が可能な仕組みを作り上げるためには、ネットワークは不可避となるでしょう。同時に、これらの活動に対して、人と社会と情報技術との関係において 「何のために」という問いかけを内省し、情報化社会への健全な参画態度を育成しうるような視点も教授すべきでしょう。
 これらの認識から、マルチメディアを利用した教育システムの重要性はますます増大していきます。マルチ・モーダルなインタフェイスとその処理系は実世界の利用はもちろんのこと、疑似的な状況世界をグローバルに作り上げることができます。同時に “相互対話性” を保証することによって、状況的疑似環境と学習者の行為を動的に連結させることができます。 そして学習者の意図で環境を変化させることができます。環境の変化はいわば自己の思考過程の映しであり、その認識過程を認識 (メタ認知) させることの教育も可能になります。そこでは、主体としての自己と客体としての自己をモニタし得るような相互役割演技場面も必要とされます。このような環境の実現にインターネットやマルチメディアシステムの教育的意味が存在します。
 上記のような教育が実践できたならば、間違いなく次のような事柄が期待できます。すなわち

1.伝統的な学力観から計画、表現、創作、協調、興味・関心といった新しい学力観を学校文化の中に定着させられる。
2.情報活用能力という概念が、実践を通して明確化される。
3.インターネットによる学習を通して、情報技術へのアクセス、それらの操作リテラシー形成、情報化社会の事柄を肌で感じ、理解し得えること。そしてマルチメディアという技術の実体験を通して、情報教育として情報科学・技術についての学習が間接的であるにしろ実行されうること。
4.地域活動を掘り起こし、新しい実践カリキュラムの構成力を育成できる。
5.各教科での問題解決的、道具的利活用に関するノウハウが蓄積される。
6.閉じた学習空間から開いた学習空間のイメージが経験的に得られる。
7.プロジェクト・ベースの学習活動というものを教師、児童・生徒が経験し、新しいグループ学習のモデル化が図られる。


しかしながら、逆に次のような新たな課題も生じます。

1.システムのメインテナンスやトラブルが発生した時の対応やそれによる授業の混乱
2.授業の準備に多大の労力がかかり、他の教育的業務がおろそかになる恐れ
3.情報公開についての基準がないため、個別的判断に委ねられ、教育的な観点から適切な対応が取れうるかという問題
4.限られたクラスでの利用にならざるを得なく、他のクラス、教師の理解が真に得られるか、否かの問題
5.真に児童・生徒の学力が形成されているか否かの問題



6. 教師の役割

 インターネット等を利用した教育(授業)において、教師の役割は明らかに変化するでしょう。従来の一斉授業での教師の役割は、ある意味では、知識の伝達者でありました。それを前提にした各種の学習指導、生徒指導が存在していました。しかしながらインターネットやコンピュータ、様々なメディアを利用した授業においては、教師はいわば、学習環境のデザイナーであり、かつコンサルタント、アドバイザーといった役割が求められます。さらに個別学習やグループ学習を効果的に成立させるための各種リソース(教材、教具、マニュアル、素材等)の適切な仕入れと準備といった業務が求められます。しかしながら教育という活動の本質は、知識・技能の形成と物事の正しい判断力を形成させるということは基本であり、上記の役割はそれを放棄するものではありません。むしろより頻繁に、適切なチェックとフィードバックが求められます。ややもすると児童・生徒の自主性を重んじるあまりに放任という現象が見られなくもありません。そのような授業は、むしろ授業の崩壊を招きます。緻密で綿密な指導計画が一層求められ、学習活動をモニターする厳しい眼力と迅速な診断・処遇の指導力がより求められます。
 ここで、5年間に渡る100校プロジェクトの実践から観察された教師の役割を紹介しておきましょう。筆者は、CEC(コンピュータ教育開発センター)の発足時から協力者委員として、様々な活動のまとめに関わってきたものですから。

1.必要な情報技術に関わる知識と操作力、そしてそれを教具として利活用できる必要最小限のスキル形成
2.知識伝達のみならず、学び方の指導が重要
3.児童・生徒のみならず教師の支援も重要
4.質問による学習、説明による学習、制作することによる学習をグループ活動(協調作業・学習)と伴に展開できる役割
5.プロデューサ/コーディネータとしての役割
6.適切な情報の収集、選択できうるガイド力
7.情報倫理とマナーの指導
8.児童・生徒の情報収集、活用、制作能力、さらに情報検索、研究スキルを形成させるスーパーバイザー的役割
9.情報の評価力を形成させる役割
10.メディエーター的役割
11.授業のデザイン力
12.教員組織のマネージング
13.他校の活動や社会の進展を把握し、関連資料を収集し、適切な教育活動を図る意思決定能力(マーケッティング力)
14.多量の情報に惑わされない自己確立のためのカウンセラー的役割等です。


 このような新たに求められる教師の役割は、どれも重要ではありますが、その遂行は極めて困難なものでもあります。やはり、着実な経験と工夫を通して獲得されるものでしょう。それらのノウハウが研修(実習として)対象として伝達されなければなりません。そのためにも、今後教員研修や教員養成において、座学的な形態ではなく、実践的な研修プログラムの開発が重要でしょう。


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